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HP-1047巻4:66注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

大河平隆屋

異名・検索語:大河平隆屋/大河平越前守藤原隆屋/越前守

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:永禄五年の没年と忠平公飯野在城永禄七年の不整合は史料自身の注記。没年を補正しない。/法号源宅宗□居士の末字は判読留保。旧説明の瀾を確定読として採らない。

DESCRIPTION

本文内容説明

大河平隆屋は越前守を称し、土佐守隆季の子。祖先は北原氏に従い、日向国飯野の大河平に住んだと記される。永禄年間、忠平公の飯野在城時に家臣となり、命により八代から大河平へ名字を改め、伊東・相良両家への備えとして大河平に居住した。永禄五年二月十三日、七十三歳で病没とあるが、史料自身が忠平公の飯野在城は永禄七年で年代が合わないと注記する。法号は源宅宗□居士(末字判読留保)。孫の大河平休兵衛が大河平に住むとの小注もある。没地・墓所は記されない。

系譜・人物関係

父は土佐守隆季。祖先の北原家随身・飯野大河平居住と、鎌足から菊地・八代へ至る長い祖系を載せる。何代目の死後から大河平を称したかは不知とも記す。冒頭小注の孫大河平休兵衛・大河平居住は本人の孫の注として保持。祖系を裏付け済みの事実とせず史料記載として扱う。

奉公・役職

忠平公飯野在城の砌に家臣となる。御意により本姓八代から大河平へ名字を改め、伊東・相良両家の御番として大河平に居住。旧北原家衰亡後という因果は本文に明記されず除去。

軍役・事績

伊東・相良両家への備え。具体的合戦・知行高・軍功の記載なし。

生没・法名等

永禄五年、朱補記二月十三日七十三、病死。法号源宅宗□居士の末字留保。忠平公御在城ハ永禄七年ナリ年間不合という史料自身の注を保持。居住地と没地を同一視せず、没地・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1047
原人物ID群
04-066-01
氏・分類
大河平
掲載巻頁
巻4:66
主題・活動
忠平公奉仕・大河平改姓・伊東相良御番
人物関係要約
父は土佐守隆季。祖先の北原家随身・飯野大河平居住と、鎌足から菊地・八代へ至る長い祖系を載せる。何代目の死後から大河平を称したかは不知とも記す。冒頭小注の孫大河平休兵衛・大河平居住は本人の孫の注として保持。祖系を裏付け済みの事実とせず史料記載として扱う。
検索キーワード
大河平隆屋/大河平越前守/藤原隆屋/土佐守隆季/大河平休兵衛/八代/北原/忠平公/飯野/伊東/相良/御番/永禄五年/二月十三日/七十三歳/源宅宗/年代不整合
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊照合、修正通常AI各全2頁確認済。
公開判定根拠
本人の奉公・改姓・御番と祖系小注を区別し全頁確認。没年不整合は史料自身の注、法号末字は判読留保を明示して注記付き公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
第1頁末尾の伊東相良両家ノは第2頁冒頭の御番トシテに続く。祖系・孫小注・没年疑義は隆屋関連記事。次の〇大河平左近将監隆充は別人物で既存04-066-02を維持。第1頁右4pt拡張で孫注脇の朱表示を復元、第2頁左2pt縮小で次条片を除去。修正通常AI各全2頁を確認。
判読保留
永禄五年の没年と忠平公飯野在城永禄七年の不整合は史料自身の注記。没年を補正しない。/法号源宅宗□居士の末字は判読留保。旧説明の瀾を確定読として採らない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』