HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
諏訪金右衛門兼利
異名・検索語:諏訪兼利/諏訪金右衛門兼利/兼清/如慕/如墓
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:退役後の号は如墓と如慕の表記があり、法名院号の初字も細字のため留保する。/明暦元年入部供奉付近の四十九歳と読める傍注は慶長十九年生と整合しない。年齢を推定訂正しない。/松原山中は墓所であり、死亡場所を墓所から推定しない。琉球地頭とも記す小注の細部は留保。
DESCRIPTION
本文内容説明
諏訪兼利は兼安の嫡子で、母は野村市右衛門の娘。慶長十九年十一月生まれ、初名兼清。十一歳で光久の初参府に奥小姓として供し、物奉行・大坂蔵奉行・吟味役を歴任した。正保元年に御使役、翌年琉球へ渡海。慶安二年に綱久の守役、翌年諫議職となり、妻子を伴って江戸へ上った。寛文二年に家老、翌年退役し、同七年に再任され谷山地頭を兼ねたが、同十一年吐血のため辞した。小林・帖佐・頴娃などの地頭も務めた。延宝七年に弟兼時へ家督を譲り、貞享四年六月十日に七十四歳で病没。墓は松原山中にあるが没地は記されない。岡元宗好に和歌、鈴木正三に禅を学び、道中記・帰郷記や『男山物語』を残した。本文末には恋・旅・釈教などの和歌を載せる。
系譜・人物関係
父兼安、母野村市右衛門の娘。初名兼清。弟兼時に延宝七年家督を譲る。退役後の号に如墓/如慕の異記。
奉公・役職
光久奥小姓、物奉行、大坂蔵奉行、吟味役、御使役。綱久守役・諫議職。家老再任、谷山ほか各地頭。
軍役・事績
正保二年琉球渡海。岡元宗好に和歌、鈴木正三に禅を学ぶ。寛文三年の参府道中記と病気による帰郷記、男山物語、和歌を残す。
生没・法名等
慶長十九年十一月生。貞享四年六月十日病没、七十四歳。墓松原山中、没地不記載。法名細字留保。
- 統合人物ID
- HP-0851
- 原人物ID群
- 12-230-05
- 氏・分類
- 諏訪
- 掲載巻頁
- 巻12:230~231
- 主題・活動
- 光久・綱久奉仕、琉球渡海、守役・諫議職・家老、和歌・禅・著作
- 人物関係要約
- 父兼安、母野村市右衛門の娘。初名兼清。弟兼時に延宝七年家督を譲る。退役後の号に如墓/如慕の異記。
- 検索キーワード
- 諏訪兼利/金右衛門/兼清/如慕/如墓/兼安/兼時/光久/綱久/琉球渡海/守役/諫議職/家老/谷山/小林/帖佐/頴娃/松原山/岡元宗好/鈴木正三/和歌/禅/道中記/帰郷記/男山物語
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 旧通常AI各全3頁・原冊230~231頁・修復通常AI各全3頁確認済。和歌末尾を回収。
- 公開判定根拠
- 本人の役職・渡海・学芸と生没を整理し、号・年齢傍注等の疑義を明示して検索公開を維持。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 第1頁は兼利見出しと初名・号の小注から明暦四年退役まで。第2頁は在職九年から家老任免・死去・師承・著作・和歌、梟の雛を飼った詞書まで。第3頁は梟の歌、題知らず、釈教の歌の末尾『草木モ花モ仏ナラスヤ』まで。次の太田藤兵衛を含めない。新人物登録不要。 第3頁左端の和歌を回収、第1頁他条小片と第2頁頁番号を除外。
- 判読保留
- 退役後の号は如墓と如慕の表記があり、法名院号の初字も細字のため留保する。/明暦元年入部供奉付近の四十九歳と読める傍注は慶長十九年生と整合しない。年齢を推定訂正しない。/松原山中は墓所であり、死亡場所を墓所から推定しない。琉球地頭とも記す小注の細部は留保。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』