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HP-0528巻12:234公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

座頭了公

異名・検索語:座頭了公/了公/寿長院

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

座頭了公は天台宗の盲僧で、後に寿長院と称したと記す。本文によれば天文二年、南郷城主桑波田孫六が反した際、日新公の命で動静を探った。三月二十九日に孫六が城外へ狩りに出ると急報し、日新公が兵を進めて南郷城を落とす助けとなった。この功により加世田・田布施・伊作高橋に宅地を与えられ、盲僧の長とされたという。ただし付記は南郷での間者奉公を天文元年と記し、年次が一致しない。伊作田尻村に葬り、石塔があって寺を後に興国寺と呼んだとの伝承も載せる。生年・没年・享年、実際の没地は不明。長い付記には盲僧の歴代や家村氏の系譜が含まれる。

系譜・人物関係

後に寿長院と称すとする。家村氏記録との対応を編者が考証。歴代盲僧・家村重実と子孫は関連付記。

奉公・役職

天台宗の盲僧。日新公の間者として奉公。功により盲僧の長、加世田・田布施・伊作高橋の宅地を賜ると伝える。

軍役・事績

桑波田孫六の動静を探索し、三月二十九日の狩りへの外出を通報。南郷落城に貢献。本文天文二年、付記天文元年。

生没・法名等

伊作田尻村に葬られ石塔があるとする伝承。生年・没年・享年・没地は不明。

統合人物ID
HP-0528
原人物ID群
12-234-04
氏・分類
座頭
掲載巻頁
巻12:234
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
後に寿長院と称すとする。家村氏記録との対応を編者が考証。歴代盲僧・家村重実と子孫は関連付記。
検索キーワード
座頭了公/座頭了公/了公/寿長院/天台宗の盲僧。日新公の間者として奉公。功により盲僧の長、加世田・田布施・伊作高橋の宅地を賜ると伝える。/桑波田孫六の動静を探索し、三月二十九日の狩りへの外出を通報。南郷落城に貢献。本文天文二年、付記天文元年。/伊作田尻村に葬られ石塔があるとする伝承。生年・没年・享年・没地は不明。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
復元後全2頁。冒頭小注を復元。旧3頁目の座頭三徳院真成は独立見出しで12-234-04-02へ分離。〇印の歴代・家村氏・盲僧由緒は関連付記として保持。
判読保留
了公の南郷奉公と、忠久に従った宝山検校・後代の家村氏・元和年間の常楽院等を区別。天文元年と二年の不一致、寿長院と家村氏記録の対応は保留。墓所を没地と断定しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』