HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
吉井佐渡守
異名・検索語:吉井佐渡守/吉井佐渡守 入道嘉ト/佐渡守/嘉ト
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
吉井佐渡守、入道嘉卜、初名源七左衛門。島津義久の代の武功者で、浜田栄林と並ぶ『両輪』と称された。弘治年間、栄林と新城へ忍び入り城を焼き落とし、生涯に敵約三百五十人を討ち、そのうち百人ほどは主君兄弟の実見を得たという。永禄十一年正月二十日の大口堂崎合戦では、島津義弘の苦戦時に川を忍んで救援した。のち島津義久に七十九歳で殉死。法号天平道雲上座。墓は福呂寺廟前第七地蔵。
系譜・人物関係
島津義久に仕え、浜田栄林と並び称された。
奉公・役職
島津義久の武功者。
軍役・事績
新城忍入焼討ち、大口堂崎で島津義弘を救援。敵約三百五十人を討ったと伝える。
生没・法名等
島津義久に七十九歳で殉死。法号天平道雲上座。墓は福呂寺廟前第七地蔵。
- 統合人物ID
- HP-0312
- 原人物ID群
- 06-094-10
- 氏・分類
- 吉井
- 掲載巻頁
- 巻6:94
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 島津義久に仕え、浜田栄林と並び称された。
- 検索キーワード
- 弘治/永禄/合戦/大口/家系由緒・奉公・軍役
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 境界修正後2頁。旧06-094-11は吉井佐渡守の続頁と判明したため06-094-10へ統合。
- 判読保留
- 法号の第一字、寺名『福呂寺』の字形は追加校合を要する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』