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HP-0290巻1:14注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

岩切信房

異名・検索語:岩切信房/岩切雅楽介信房/雅楽介/信房

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

父子小注に善信とともに信家の字があるが、両名の関係は未確定。信家を本人の別名または別の父祖として断定しない。/上洛記事は朱注の十五年六月で、本条に元号が明記されないため説明では六月とする。水俣陣の年次と供奉先の主君名も本条には明記されない。信光脇の元ト等の小字は細部留保。

DESCRIPTION

本文内容説明

岩切雅楽介信房。善信の子と記される。水俣の陣では近習役二十人の一人として供奉し、六月の上洛にも従った。朝鮮へ渡海し、関ヶ原からの帰国にも供奉して、感状と知行二百石を与えられた。没年は不詳で五月十三日没、法名は亀山宗鶴居士。子の六右衛門信光が御使役を務め、諸所の地頭となったこと、子孫に岩切六右衛門がいることを付記する。御使役・地頭は信房本人の役職とは区別する。具体的な戦闘内容や没地・墓所は記されない。

系譜・人物関係

善信の子との小注。信家の字との関係は留保。本人は雅楽介信房、子六右衛門信光、子孫岩切六右衛門。

奉公・役職

水俣御陣御近習役廿人之内にて御供。御使役諸所地頭の朱注は子信光に付くもので本人に移さない。

軍役・事績

六月上洛供奉(朱注十五年、元号本条不記載)。朝鮮渡海。関ヶ原御帰国の御供により感状・知行二百石。本文は具体的戦闘を記さない。

生没・法名等

年号シレス五月十三日卒、亀山宗鶴居士。没地・墓所・年齢不記載。

統合人物ID
HP-0290
原人物ID群
01-014-03
氏・分類
岩切
掲載巻頁
巻1:14
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
善信の子との小注。信家の字との関係は留保。本人は雅楽介信房、子六右衛門信光、子孫岩切六右衛門。
検索キーワード
地頭/御使役/使役/近習/渡海/朝鮮/関ヶ原/子/孫/卒/近習・軍役・使役
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI全1頁・原冊14頁拡大・修復通常AI各1頁を再照合済み。
公開判定根拠
本文の近習・従軍・褒賞・没日法名を確認。子の役職を分離し、父子小字・年号の留保を注記して公開案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
全1頁。○信房見出しと父子小注、水俣近習・上洛朱注・朝鮮渡海・関ヶ原帰国・二百石・没日法名、子信光の御使役/地頭と子孫岩切六右衛門まで保持。左端2.5pt内側で次の国信文字片を除去、右端2.5pt拡張で朱注の余白確保。信光は其子以下の関連記述で新番号不要、善信の没日・凱歌を含まない。
判読保留
父子小注に善信とともに信家の字があるが、両名の関係は未確定。信家を本人の別名または別の父祖として断定しない。/上洛記事は朱注の十五年六月で、本条に元号が明記されないため説明では六月とする。水俣陣の年次と供奉先の主君名も本条には明記されない。信光脇の元ト等の小字は細部留保。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』