HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
岩切国信
異名・検索語:岩切国信/岩切彦兵衛国信/彦兵衛/国信
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
系譜は其先不詳と或云の説を併記する。清原大神に続く人名細字は十四頁と二十二頁で字形差があり、同一字へ統一せず留保する。/本条の宛先は久高とだけ記す。従来説明の樺山姓による同定は今回別史料未照合のため、説明では本文の久高にとどめる。本人の渡海行程・出帆日は明記されない。 14頁と22頁を再照合し、通常・AI用PDFを同じ人物範囲に修復済み。
DESCRIPTION
本文内容説明
彦兵衛を称する岩切国信。先祖不詳とする一方、清原大神の系統とする説も付記する。慶長十四年の琉球征伐で、三月二十日に家久公(島津家久)の使者となり、軍勢へ下された酒三十樽と、久高宛の書翰・軍令の伝達を取り扱ったと記される。本文冒頭の三月四日暁の出帆・琉球渡海は諸軍勢の記事で、国信の出帆日と直結させない。子孫も彦兵衛と称したことを添える。十四頁と二十二頁に同内容の記事があり、主な活動は一致する。生没年月日・没地・法名・墓所は記されない。
系譜・人物関係
子孫彦兵衛。先祖不詳、或云清原大神の系統との説を併記。後続人名細字の字形差は留保し確定系譜にしない。
奉公・役職
慶長十四年三月廿日、家久公の御使。軍勢への御酒三十樽、久高宛書翰・軍令を取り扱う。正式役職・知行不記載。
軍役・事績
琉球征伐。諸軍勢の三月四日暁出船・琉球渡海と、同廿日の国信御使を区別。本人の具体的出帆日・航路を推定しない。14/22頁の主文は同内容の再録。
生没・法名等
生没年月日・没地・法名・墓所不記載。
- 統合人物ID
- HP-0289
- 原人物ID群
- 01-014-04/01-022-06
- 氏・分類
- 岩切
- 掲載巻頁
- 巻1:14/巻1:22
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 子孫彦兵衛。先祖不詳、或云清原大神の系統との説を併記。後続人名細字の字形差は留保し確定系譜にしない。
- 検索キーワード
- 慶長/合戦/戦死/渡海/琉球/子/琉球役・使者
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 2記事各全1頁・原冊14/22頁・修復通常AI各全頁を追加確認済み。
- 公開判定根拠
- 両記事の軍役・使者日・酒三十樽・書翰軍令を確認。軍勢の出帆と本人を区別し、系譜異説等を注記して本文へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全2頁追加精読・再録校合・境界修復
- 本文境界判定
- 14頁通常版に残っていた市来家政を除き、AI版で欠けていた国信の子孫・系譜小注右端を復元。22頁は右端朱注の余白を確保。両記事とも国信見出しから軍令ヲ御下知被遊候ト也までの全1頁を保持。市来家政・前の伊作記事は除外。既存の再録統合を維持し、新番号不要。
- 判読保留
- 系譜は其先不詳と或云の説を併記する。清原大神に続く人名細字は十四頁と二十二頁で字形差があり、同一字へ統一せず留保する。/本条の宛先は久高とだけ記す。従来説明の樺山姓による同定は今回別史料未照合のため、説明では本文の久高にとどめる。本人の渡海行程・出帆日は明記されない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』