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HP-0288巻1:22注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

岩山直朝

異名・検索語:岩山直朝/岩山半兵衛直朝/半兵衛/直朝

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:父三左衛門の名は冒頭光期、後文光朝と表記が異なるため統一しない。主家断絶とは本文にない。/末尾朱注の入道号の字形と、貞享三年初めて薩州へ下り三百石を給され姉於佐井も下ったという記述の主語は留保。直朝・直通のいずれかへ断定して付けない。見出し脇の光勝・左京の対応も留保する。

DESCRIPTION

本文内容説明

岩山直朝は半兵衛と称し、寛永15年に江戸で光久に召し抱えられ、三百石の所務と十人賦を与えられて小番を務めた。姉於佐井が光久に仕えて姫を産み、その姫が織田因幡守へ嫁いだ縁によると記す。父三左衛門は足利氏を本姓とする下野烏山の成田氏家臣で、主家の当主らの早世と重永の浪人に伴い江戸へ移住した。岩山姓は、父が烏山にいた頃、親交のある岩山治部左衛門に所望したものという。直朝には子がなく、弟金左衛門直通が猶子となった。子孫に岩山金左衛門を挙げる。父名の光期・光朝の異同、入道号と貞享3年の薩摩下向注の主語は留保。生没年・墓所は不記載。

系譜・人物関係

父岩山三左衛門は本文に光期・光朝の両表記。本姓足利氏。姉於佐井は光久に仕えて姫を産み、その姫は織田因幡守へ縁組。直朝子なく、弟金左衛門直通が猶子となる。子孫に岩山金左衛門。

奉公・役職

直朝は寛永15年江戸で光久に召抱、三百石之所務并十人賦を給され小番相勤。姉於佐井と姫の織田因幡守縁組が召抱理由として記される。

軍役・事績

父は野州烏山城主成田泰喬の家臣。泰喬早世・新五郎重永若年で弟左馬介泰元が番代となるが彼も早世し、重永と父が浪人となり父は武州江戸居住。烏山時代に別懇の岩山治部左衛門へ岩山名字を所望。父の来歴を直朝本人の軍歴として転記しない。

生没・法名等

直朝の生没年・没地・墓所は不記載。末尾入道号の字形と貞享3年下向の主語は留保し、法名・没年を推定しない。

統合人物ID
HP-0288
原人物ID群
01-022-07
氏・分類
岩山
掲載巻頁
巻1:22
主題・活動
来仕・小番・家系由緒
人物関係要約
父岩山三左衛門は本文に光期・光朝の両表記。本姓足利氏。姉於佐井は光久に仕えて姫を産み、その姫は織田因幡守へ縁組。直朝子なく、弟金左衛門直通が猶子となる。子孫に岩山金左衛門。
検索キーワード
岩山直朝/半兵衛/光久/寛永十五年/江戸/三百石/十人賦/小番/於佐井/織田因幡守/三左衛門/光期/光朝/足利氏/烏山/成田泰喬/重永/泰元/岩山治部左衛門/金左衛門直通/猶子/岩山金左衛門
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
本人・父・姉・猶子の経歴を区別し原冊照合。修復通常・AI全頁確認、父名異同と末尾朱注を留保。
公開判定根拠
召抱年・所務・人数賦・小番と来仕由緒を確認。父名異同と末尾注の主体等を明示して公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
AI・通常各全1頁を原冊22頁下段全記事と照合。見出し脇光勝・左京、右端父の名と出自、父の浪人・改姓由来、姉於佐井と姫の縁組、直朝の召抱、小番、猶子直通、入道と薩摩下向の朱注、子孫岩山金左衛門まで保持。右端で欠けた見出し脇小注を回復し不要な広い余白と冊子ノンブルを除いた通常・AI各1頁を全頁確認。家族記事は本人の来仕由緒の補足で新規採番不要。
判読保留
父三左衛門の名は冒頭光期、後文光朝と表記が異なるため統一しない。主家断絶とは本文にない。/末尾朱注の入道号の字形と、貞享三年初めて薩州へ下り三百石を給され姉於佐井も下ったという記述の主語は留保。直朝・直通のいずれかへ断定して付けない。見出し脇の光勝・左京の対応も留保する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』