HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
関右京亮
異名・検索語:関右京亮/右京亮/左京亮(本文異記)
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:右京亮/左京亮の異記。冒頭の覚兼に続く身分語、十六日の直後の字と読み注は判読保留。
DESCRIPTION
本文内容説明
上井覚兼に関係する人物。天正十四年六月七日、肥後の両口から豊後へ出陣する相談に際し、川田義朗が選んだ吉日の十六・十七日には遠方へ出発し難いため、先に調伏の矢を始めることになった。義朗の作った矢が覚兼に渡され、覚兼は左京亮と鳴海舎人佐に命じて十四日に県表へ遣わし、十六日に豊後内へ矢を射込ませたと記す。見出しは右京亮、本文は左京亮であり、この異記は保留する。家系・生没年・没地は明らかでない。
系譜・人物関係
上井覚兼の指示を受ける人物。鳴海舎人佐と行動。覚兼との血縁は確定しない。
奉公・役職
上井覚兼から調伏の矢に関する役目を命じられる。
軍役・事績
天正十四年六月十四日県表へ派遣、十六日豊後へ調伏の矢。戦闘の軍功とは区別。
生没・法名等
生没年・没地なし。
- 統合人物ID
- HP-0271
- 原人物ID群
- 12-229-17
- 氏・分類
- 関
- 掲載巻頁
- 巻12:229~230
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 上井覚兼の指示を受ける人物。鳴海舎人佐と行動。覚兼との血縁は確定しない。
- 検索キーワード
- 関右京亮/上井覚兼から調伏の矢に関する役目を命じられる。/天正十四年六月十四日県表へ派遣、十六日豊後へ調伏の矢。戦闘の軍功とは区別。/生没年・没地なし。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID・頁数対応を確認。疑義を明記して記載箇所へ案内できるため公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全2頁。旧2頁末の一関備後は独立記事として12-229-17-02/HP-2108へ分離。川田義朗・鳴海舎人佐は関連事件の登場人物として保持。
- 判読保留
- 右京亮/左京亮の異記。冒頭の覚兼に続く身分語、十六日の直後の字と読み注は判読保留。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』