HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
遠矢重勝
異名・検索語:遠矢重勝/遠矢対馬守/対馬守
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
「其子金兵衛良兼」以下の加世田潜入・脇差拝領・平松戦死は良兼の記事と読む。末尾「其子遠矢十郎三郎重勝ノ二男子孫長野ニ在リ」は句読点がなく、十郎三郎と重勝二男の接続関係を確定しない。平松の平字は字形に留保。
DESCRIPTION
本文内容説明
対馬守。遠矢重良の養子で、実は同氏常栄の二男と記す。天文十四年、川辺で戦死した。本文は続いて子の金兵衛良兼を挙げ、天文七年の加世田城攻めに先立ち、命を受けて城内へ忍び入り、内情を見届けて報告したため攻略が成り、褒美に備前景久の脇差を拝領したと記す。この潜入・拝領と、続く天文十四年の平松での戦死は、文脈上は良兼の記事と読む。末尾に遠矢十郎三郎、重勝の二男の子孫が長野にいるとの系譜記事が続くが、句の区切りには留保がある。重勝の出生年・享年・法名は記されない。
系譜・人物関係
重良の養子、同氏常栄の二男と読む。子金兵衛良兼。末尾遠矢十郎三郎・重勝二男の子孫長野在住記事の接続留保。旧説明の良堅養子・局氏を訂正。
奉公・役職
対馬守。主君の実名は本条にない。命を受けた加世田城潜入と褒賞は其子良兼以下の続文として整理。
軍役・事績
重勝は天文十四年川辺戦死。子良兼を挙げた後、天文七年加世田城攻め前の潜入・報告と備前景久脇差拝領が続く。重勝本人の確定軍功へ転用しない。
生没・法名等
重勝は天文十四年川辺で戦死と記す。後段天文十四年平松戦死は文脈上良兼の記事。平の字形留保。重勝の出生年・享年・法名なし。
- 統合人物ID
- HP-0162
- 原人物ID群
- 03-054-10
- 氏・分類
- 遠矢
- 掲載巻頁
- 巻之三54~55頁
- 主題・活動
- 戦死・養子・子孫軍役
- 人物関係要約
- 重良の養子、同氏常栄の二男と読む。子金兵衛良兼。末尾遠矢十郎三郎・重勝二男の子孫長野在住記事の接続留保。旧説明の良堅養子・局氏を訂正。
- 検索キーワード
- 遠矢重勝/対馬守/遠矢重良/常栄/養子/川辺/天文十四年/金兵衛良兼/加世田城/天文七年/潜入/備前景久/脇差/平松/遠矢十郎三郎/長野
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全2頁と原冊照合済。養実関係を訂正し重勝と子良兼の戦死・軍功を区別。末尾系譜留保。
- 公開判定根拠
- 本人条と関連子孫記事の境界を確認。主語の読解と末尾系譜・地名字形の留保を明記して公開する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
- 本文境界判定
- 丸見出し遠矢対馬守重勝から2頁目の子孫長野ニ在リまで。1頁末無から2頁冒頭間違へ接続。通常AI各全2頁を原冊66・67頁と照合。子良兼等は系譜・関連事績で独立見出しではない。次丸見出し遠矢信濃守良時03-055-01は別条。既存境界保持、PDF修復・新番号不要。
- 判読保留
- 「其子金兵衛良兼」以下の加世田潜入・脇差拝領・平松戦死は良兼の記事と読む。末尾「其子遠矢十郎三郎重勝ノ二男子孫長野ニ在リ」は句読点がなく、十郎三郎と重勝二男の接続関係を確定しない。平松の平字は字形に留保。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』