HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
稲留長常
異名・検索語:稲留長常/稲留丹後守長常/丹後守/長常
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:引用された稲留金兵衛と長常の同一人物関係は未確定。天正12年3月は引用記事の年月で、献金・給知の年月とはしない。/「其嫡子」以下の系譜の起点が長常か長秀かは留保。相良権兵衛を子孫として付記する。
DESCRIPTION
本文内容説明
稲留丹後守長常。相良慶麟の一男・八郎右衛門尉の子と記される。日新公から左兵衛督尚久の後見を命じられた。財力があり、竜伯公の金銀御用に応じて多額を献上した。その褒賞として千石を与えられたのは、長常本人ではなく二男の長秀である。付記には『覚兼日記』の天正12年3月の記事を引き、伊集院氏配下の稲留金兵衛に言及するが、長常との同一人物関係は断定しない。続いて勘解由左衛門・民部左衛門・勘解由次官の系譜と相良氏への復姓を記す。本人の生没年・没地・軍功は記載しない。
系譜・人物関係
相良慶麟の一男・八郎右衛門尉の子。二男長秀。勘解由左衛門→民部左衛門→勘解由次官、相良氏へ復姓する系譜付記は「其嫡子」の起点を留保。子孫相良権兵衛。
奉公・役職
日新公より左兵衛督尚久の後見を命じられた。竜伯公より金銀御用を命じられ多額を献上。
軍役・事績
千石の給知は献金への褒賞として二男長秀へ。本人への給知ではない。金兵衛の引用を別の献金記事としない。
生没・法名等
本人の生没年・没地・法名不記載。
- 統合人物ID
- HP-0113
- 原人物ID群
- 01-019-01
- 氏・分類
- 稲留
- 掲載巻頁
- 巻1:19
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 相良慶麟の一男・八郎右衛門尉の子。二男長秀。勘解由左衛門→民部左衛門→勘解由次官、相良氏へ復姓する系譜付記は「其嫡子」の起点を留保。子孫相良権兵衛。
- 検索キーワード
- 稲留長常/丹後守/相良慶麟/八郎右衛門尉/日新公/尚久/後見/竜伯公/金銀御用/献金/長秀/千石/稲留金兵衛/覚兼日記/相良権兵衛
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 旧AI・通常各全1頁、原冊19頁、修復AI・通常各全1頁を確認。
- 公開判定根拠
- 父と祖父の世代、後見、献金を確認。千石受領者を二男長秀へ訂正。引用人物と系譜起点は留保し注記付き公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 旧AI・通常各全1頁と原冊19頁(第1分冊30頁)を照合。見出し一稲留丹後守長常から系譜付記・佐之部ニ有之・子孫相良権兵衛まで一記事。左端小字を保持し、下部の隣人断片を段差境界で除外。修復通常・AI各全1頁を目視確認。本文内の長秀・金兵衛・子孫は関係者・引用の記載で新規独立見出しではない。1頁・ID・旧OCR維持。
- 判読保留
- 引用された稲留金兵衛と長常の同一人物関係は未確定。天正12年3月は引用記事の年月で、献金・給知の年月とはしない。/「其嫡子」以下の系譜の起点が長常か長秀かは留保。相良権兵衛を子孫として付記する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』