HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
井尻八郎
異名・検索語:井尻八郎/八郎
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
主君は本文の「慈眼寺公」として掲出し実名比定は留保。戦死年月日は不記載で、文禄2年は渡航年。
DESCRIPTION
本文内容説明
井尻八郎。文禄2年に「慈眼寺公」に従って朝鮮へ赴き、朝鮮の南海瀬戸で戦死したと記す。別の注記は、慶長2年4月24日の「朝鮮本営御番帳」に井尻八郎が第9番目に載ることを挙げる。戦死年月日は明記されず、渡航年の文禄2年を没年とはしない。系譜、諱、役職、享年、法名・墓所は不記載。主君の表記は本文に従い「慈眼寺公」とし、本条だけで実名を補わない。
系譜・人物関係
親・子・兄弟・系譜の記載なし。前の常陸坊一家に接していても同家の一員とは補わない。
奉公・役職
文禄2年慈眼寺公に従って朝鮮に赴く。具体的役職は不記載。
軍役・事績
按注として慶長2年4月廿四日の朝鮮本営御番帳に井尻八郎第九番目にありとする。同人として挙げる編者の考証を区別。第九番目を九番隊所属などの役職に換算しない。
生没・法名等
朝鮮南海瀬戸で戦死。戦死年月日・享年・法名・墓所は不記載。文禄2年は渡航年であって没年でない。
- 統合人物ID
- HP-0100
- 原人物ID群
- 01-017-06
- 氏・分類
- 井尻
- 掲載巻頁
- 巻1:17
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 親・子・兄弟・系譜の記載なし。前の常陸坊一家に接していても同家の一員とは補わない。
- 検索キーワード
- 井尻八郎/八郎/慈眼寺公/文禄2年/慶長2年4月24日/朝鮮/南海瀬戸/戦死/朝鮮本営御番帳/第9番目
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 旧AI全1頁・通常全1頁・原冊17頁・修復通常AI各1頁を確認済み。
- 公開判定根拠
- 全頁照合と注記記号復元を行い、渡航年・在番記録・戦死地を区別。主君比定を留保し注記付き公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 旧AI・通常各全1頁、原冊17頁(第1分冊28頁)と修復候補通常AI各全1頁を照合。一井尻八郎から文禄二年慈眼寺公に従い朝鮮へ赴く・南海瀬戸戦死、左列の按二慶長二年四月廿四日朝鮮本営御番帳の第九番目までが本人記事。引用部の右朱記号が旧PDFで欠けていたため復元。左隣伝次の細字断片と下余白を除外し、両列・引用括弧・両朱標識を保持。前の玄宅・次の伝次本文は含めない。新規人物不要、旧OCR・ID・頁数維持。
- 判読保留
- 慈眼寺公の実名比定は本条だけでは確定しない。史料上の呼称を保持
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』