← 『本藩人物誌』人物検索へ戻る
HP-0048巻13:250~251注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊集院忠真

異名・検索語:伊集院忠真/伊集院源次郎忠真/源次郎/真香良庵居士

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:母は本文で吉利下総守忠張の姉、朱の異注で伯母とされるため、続柄を確定しない。/小伝次・三郎五郎・千次は母弟であって忠真の子ではない。「母子一日ニ滅尽」を、別に記される娘を含む全子孫断絶へ拡張しない。/甚吉の内通と忠恒の再挙への懸念は本文の叙述として示し、独立して史実認定したものとしない。五輪石塔は誅殺場所の添記であり、埋葬地・墓所と断定しない。生年・享年は本条に記載がない。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊集院忠真は忠棟(幸侃)の嫡子で、通称源次郎。妻は忠恒の妹・於下君。久保の関東出陣に従い、朝鮮の泗川合戦では黒糸威の鎧で功を立てたという。慶長四年三月二十日、財部の大河原山で狩猟中に父の死を知った。義久から遺領安堵と富隈での謝罪を求められたが、都之城を本城として十二塁を修築し抵抗した。翌年、山口直友を介して降伏し、頴娃一万石を与えられ、後に帖佐へ移ったとも記す。本文によれば、一族の伊集院甚吉が内通し、忠恒は忠真の再挙を恐れて上洛に同行させ、慶長七年八月十七日に日向野尻の狩場で誅した。法名は真香良庵居士。野尻麓村の誅殺場所に五輪石塔があるとの添記がある。娘は忠恒の養女となり松平定行に嫁いだ。母の続柄は吉利忠張の姉とする本文に伯母との異記がある。

系譜・人物関係

忠棟(幸侃)嫡子。妻於下君は忠恒の妹、忠真死後に島津久元室。娘は忠恒養女として松平定行室。母の吉利忠張との続柄は姉/伯母の異記。小伝次・三郎五郎・千次は母弟。

奉公・役職

久保の関東出陣に従軍。朝鮮泗川合戦。父の死後は都之城を本城に抵抗、山口直友を介し降伏。頴娃一万石、後に帖佐へ転住との記述。

軍役・事績

黒糸威の鎧で泗川軍功。慶長四年三月二十日大河原山で父の死を聞き、十二塁を修築。慶長五年降伏。甚吉内通と再挙懸念は本文の叙述として保持。

生没・法名等

慶長七年八月十七日、日向野尻の狩場で誅殺。法名真香良庵居士。野尻麓村の誅殺場所に五輪石塔との添記。生年・享年・埋葬地は確認できない。

統合人物ID
HP-0048
原人物ID群
13-250-01
氏・分類
伊集院
掲載巻頁
巻13:250~251
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
忠棟(幸侃)嫡子。妻於下君は忠恒の妹、忠真死後に島津久元室。娘は忠恒養女として松平定行室。母の吉利忠張との続柄は姉/伯母の異記。小伝次・三郎五郎・千次は母弟。
検索キーワード
伊集院忠真/源次郎/忠棟幸侃嫡子/於下君/忠恒妹/久保関東出陣/朝鮮泗川/黒糸威鎧/財部大河原山/義久遺領安堵/富隈謝罪/都之城/十二塁/庄内の乱/山口直友/頴娃一万石/帖佐/伊集院甚吉/慶長七年八月十七日/日向野尻狩場/真香良庵居士/野尻麓村五輪石塔/娘松平定行室
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全3頁・原冊250~251頁を追加照合済。母系異記と親族・誅殺記事を区別。
公開判定根拠
軍功・抵抗・降伏・没年月日と場所を具体化し、母系の異記と子孫・石塔の解釈上の注意を注記して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
通常AI各全3頁を原冊250~251頁と照合。第1頁は忠真見出し・系譜小注・久保供奉、第2頁は泗川戦から庄内の抵抗・降伏・転封、第3頁は母弟処遇・内通・野尻誅殺・法名と石塔添記まで。末尾後の小伝次・三郎五郎・千次の独立見出しと本文は混入しない。第2頁末の惟は第3頁頭の新公へ接続。PDF修復・新規採番不要。
判読保留
母は本文で吉利下総守忠張の姉、朱の異注で伯母とされるため、続柄を確定しない。/小伝次・三郎五郎・千次は母弟であって忠真の子ではない。「母子一日ニ滅尽」を、別に記される娘を含む全子孫断絶へ拡張しない。/甚吉の内通と忠恒の再挙への懸念は本文の叙述として示し、独立して史実認定したものとしない。五輪石塔は誅殺場所の添記であり、埋葬地・墓所と断定しない。生年・享年は本条に記載がない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』