SHIMAZU ANIMAL ENCYCLOPEDIA · SOURCE ARTICLE
馬を乘込
外伝:島津動物図鑑
先行公開版
このページは史料中の一記事を整理したものです。刊本本文との照合にはAIを用いており、専門家による全件の人的精読を完了したものではありません。動物の個体・出来事を確定する記録とは区別し、以下の確認範囲と留保を併せてお読みください。
READING THE ARTICLE
記事の内容
田代衆島原立之覚の引用が、島原・天草の一揆、攻城・渡海・武具等の奪取を記し、口亀川の地頭宮木藤兵衛殿が志支の城から出て合戦する箇所で、宮木殿が馬を乗り込み父子三人が討死したと述べる。
TEXT EXCERPT
史料の記載
田代衆島原立之覺/寛永十四年丑十一月十五日可攻寄之由/宮木藤兵衛殿、志支の城より被爲出合戰有之處/宮木殿馬を乘込、父子三人打死也
記載語・引用の表記は整理データに基づきます。全文翻刻ではなく、原資料の確認に代わるものではありません。
確認範囲と注記
- 確認範囲
- 刊行物の該当箇所確認。確認範囲と留保は注記を参照
- 注記・留保
- 父子三人は人員で三頭ではない。人の討死を馬の死亡に置き換えず、引用の史実性は留保する。
SOURCE & CONTEXT
出典と記事情報
- 記事ID
- AN002633
- 動物・記載語
- 馬 / 馬を乘込
- 記事の性格
- 馬・合戦/騎乗の記述
- テーマ
- 志支の城からの出合戦と馬による乗込
- 関係人物
- 宮木藤兵衛殿は口亀川の地頭で馬を乗り込む主体、父子三人は討死の人員表現。高力摂津守は前段の指示・派遣先の呼称で馬主としない。
- 年代・時期
- 引用に寛永十四年丑十一月十五日の攻寄予定、前日十四日の別戦況。確認箇所2末の十六日辛巳は次項見出しだけで騎乗の具体日を十六日に確定しない。刊本按の年月日と本文を区別。
- 出典
- 旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1 / 著作史料集1-No.320
- 掲載頁
- 350
- 史料内の位置
- 刊行物翻刻 350頁(文書全体。確認範囲は注記を参照)
- 対応文書ID
- 著作史料集1-No.320
- データ更新日
- 2026-10-03
月日は原則として史料の暦の表記です。現代暦へ換算した日付ではありません。