黒田氏系図
年月日未詳 / 冊子 170頁/原整理番号 49
黒田氏の簡略系図。義清の長男宗満が筑前黒田を領し、その三男頼満は黒田四郎五郎と号して初めて薩州へ下り、島津貞久に仕えたとする。頼房―頼秀の系線、隈城合戦で功のあった主水頼長から太郎兵衛頼重へ続く系線、越中守頼広から二郎七・佐渡を称した頼季と越中守頼宗へ続く系線、久右衛門頼定から名の後字を欠く太郎次へ続く系線を掲げ、末尾に佐渡の子孫を黒田源左衛門と記す。
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年月日未詳 / 冊子 170頁/原整理番号 49
黒田氏の簡略系図。義清の長男宗満が筑前黒田を領し、その三男頼満は黒田四郎五郎と号して初めて薩州へ下り、島津貞久に仕えたとする。頼房―頼秀の系線、隈城合戦で功のあった主水頼長から太郎兵衛頼重へ続く系線、越中守頼広から二郎七・佐渡を称した頼季と越中守頼宗へ続く系線、久右衛門頼定から名の後字を欠く太郎次へ続く系線を掲げ、末尾に佐渡の子孫を黒田源左衛門と記す。
年月日未詳 / 冊子 301~302頁/原整理番号 41
富山氏系図の抄録。貞夏・頼宗らから義弘・義時ほかの分流に至る親子関係、法名、官途、没年や婚姻を枝分かれ図で示す。都城安久・百引村関係の富山家文書と併せて読む系譜資料。
年月日未詳 / 冊子 15~16頁
源義朝を中心に、義賢・義憲ら近親と、義平・朝長・頼朝・希義・範頼・全成・円成・義経ら子女の系統を枝分かれで示す源氏系図。通称、官職、位階、母系を付し、頼朝は久安三年四月八日生、母を熱田大宮司藤原季範の女、征夷大将軍・権大納言・正二位・右大将と記す。頼仲兄弟五人が舟岡山で誅されたこと、為朝を鎮西八郎とし腹を掻き切って往生したこと、夜叉御前の投身を記すほか、「被誅」「被刺殺」「被屠殺」「被謀戮」「戦死」「自殺」など各人の最期を注記する。一族の分岐、僧籍に入った人物、政治的・軍事的な死を一覧できる系譜資料。