旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W11_文書0006書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中
伊地知季安書状
(慶應元年)三月廿七日 / 冊子 569~571頁/原整理番号 6
季安が蓑田長胤に、忠久の治承三年出生・建久七年十八歳下向説は、後世の年数計算の誤りから生じたものと説明する。古系図、供奉者の系譜、玉海・東鑑の在京と鎌倉の記事、母丹後内侍と比企尼の関係を比較し、文治二年十八歳で関東から立ち西国へ下向したと推考する。相馬氏の系図と山田聖榮の聞書、道聖・伊集院氏らの口伝、後代の編纂と猿渡實信の書入を点検する。出生年と下向年が画像の来由とも符合しないことを述べ、中路権右衛門に示した資料を長胤にも見せ、内密に検討するよう求める。