追録8-No.675本文群(親征行幸先陣・供列・衣服の書付五通と首尾、衣服取扱いの変更)旧記雑録暫定版確認度 中
親征・大坂行幸先陣の命令と供列・行在所等の書付、服制通知の取扱い変更を報じる
辰三月8日嶋津伊勢の報告。内田・吉見の二月20・21日書状、二月22日先陣通知等を収録 / 冊子 517~520頁/原整理番号 675/整理ID 675
嶋津伊勢が三月八日に、先月二十日の内田出頭で太守の大坂行幸供奉先陣等の勅命を受け、書付五通を取り次いだと家老ら五名へ報じる。供列について二十二日に御官名内留守居名で届け、中将にも知らせたという。所収書付には、親征に際して民の苦を救い復古を進めるため軍紀を守り、書役・小役にも規律を及ぼすこと、衣服・荷物・夜具・滞陣中の食事などを軽便にする心得、薩摩少将への行幸先陣、諸侯供列の人数、行在所と太政官代の場所を収める。衣服の書付は堂上方以上に渡されたもので、薩摩側へは取り消すよう吉見三河が申し越したという書状・首尾も添える。供列の写は中藩以上の銃隊五百~三百人、小藩の銃隊百五十~五十人に諸役付を連れ、近習・手廻りはそれぞれ十~十五人、六~十人とし、銃隊以外は用捨する。人数届は来る十二日中とあり、行在所・太政官代とも東本願寺掛所とする。