後編1-No.3記事確認度 高
島津歳久譜
年月日未詳 / 冊子 2頁
蒲生北村の敵が帰順を装って島津軍を誘い出し、弘治元年正月二十二日に貴久・義久が吉田から出陣したところ伏兵に遭った。弟子丸播磨守・指宿丹後守以下十八人が戦死し、十九歳の歳久も負傷したと記す。
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年月日未詳 / 冊子 2頁
蒲生北村の敵が帰順を装って島津軍を誘い出し、弘治元年正月二十二日に貴久・義久が吉田から出陣したところ伏兵に遭った。弟子丸播磨守・指宿丹後守以下十八人が戦死し、十九歳の歳久も負傷したと記す。
年月日未詳 / 冊子 45頁
弘治三年四月十五日、島津忠将が尚久とともに副将として蒲生北村の菱刈氏陣攻めに参加し、軍務を励ましたことを記す。
万延元年4月(目録) / 冊子 61~62頁/原整理番号 72
季安は三月四日に出頭し、称名墓志の差出しを求められた経過を記す。続く「蒲生北村差出」では屋敷地・持高・高直の扱いと申渡しの文案を列挙し、八月の高奉行所の記載へ続く。