後編1-No.943記録確認度 高
箕輪伊賀覚書
天正五年 / 冊子 526頁
高原地頭上原尚近が、伊東義祐から疑われ子の元服にも面目を失った野尻城預り福永丹波守へ、伊東家の宿運は傾き、島津方へ参るべきだと密かに勧誘した経緯を記す。福永は譜代の主人を離れる葛藤を経て、身の危難と遺恨を晴らすため島津家への帰属を決めた。
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天正五年 / 冊子 526頁
高原地頭上原尚近が、伊東義祐から疑われ子の元服にも面目を失った野尻城預り福永丹波守へ、伊東家の宿運は傾き、島津方へ参るべきだと密かに勧誘した経緯を記す。福永は譜代の主人を離れる葛藤を経て、身の危難と遺恨を晴らすため島津家への帰属を決めた。
天正五年十二月七日~九日 / 冊子 527~528頁
上原尚近が偽書を用いて伊東義祐に福永丹波守を疑わせ、対面拒否や嫡子藤十郎の元服をめぐる遺恨から福永・野村一族を島津方へ内応させた。十二月七日夜、島津勢三百人が野尻城へ入り、翌日戸崎も退去・放火された。義祐は紙屋まで出たが領内の火煙を見て佐土原へ戻り、九日未明に米良を経て豊後へ落ちた。