前編1-No.1757文書確認度 中
祐心・宝日連署状
建武二年十二月廿一日 / 冊子 640頁
寺別当職について先例に従って寺役を勤めさせるよう命じた、祐心・宝日連署状。
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建武二年十二月廿一日 / 冊子 640頁
寺別当職について先例に従って寺役を勤めさせるよう命じた、祐心・宝日連署状。
建武三年六月日 / 冊子 27頁/原整理番号 233
延時又三郎入道法仏が大隅国加瀬田城合戦での軍忠を申した軍忠状。肝付兼重・兼高らの与党を誅伐するため大将総州が発向した際、法仏は病気のため代官平田小次郎真宗を差し向け、去月六日から今月十日まで水手で連日戦い、城を攻め落として凶徒を静謐したとして、御注進と恩賞を求める。建武三年六月付。
文書本文の日付:建武三年六月十七日 / 冊子 507~508頁/原整理番号 七九二/整理ID TMP-P03-NENE-WASEDA-D0792
建部清吉は、肝付八郎兼重・彦太郎兼隆以下の与党討治について軍忠を申告する。 五月六日の大将発向から六月十日まで、加瀬田城郭周辺で搦手・水手として合戦したと記す。 刑部次郎・源十郎の疵を述べ、嶋津七郎と本田左衛門尉久兼、中条木工左衛門入道祐心らの見知を挙げる。 五月廿三日の向野崎村で、祢寝郡司清成と散々合戦した旨を記し、嶋津六郎・大隅助三郎の見知によって奉行所への披露を求める。