後編1-No.762記録確認度 高
壱岐賀州年代記
年月日未詳 / 冊子 346頁
伊東氏内部の変動と合戦を編年的に記し、伊東祐充の死去、福永伊豆守父子の切腹、北郷・北原・肝付・飫肥・新納勢との三俣・高城合戦、伊東武州の生害とその子の謀叛、義祐の日知屋退去、荒武氏らの離反、綾城・守永城の動向を列挙する。
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年月日未詳 / 冊子 346頁
伊東氏内部の変動と合戦を編年的に記し、伊東祐充の死去、福永伊豆守父子の切腹、北郷・北原・肝付・飫肥・新納勢との三俣・高城合戦、伊東武州の生害とその子の謀叛、義祐の日知屋退去、荒武氏らの離反、綾城・守永城の動向を列挙する。
三月廿日 / 冊子 551頁
幸侃上洛前に、五斗収納未済地の督促、殿中番、京衆帰京時の六文出銭、夫丸、銀子二分・三分など諸出物の調達を命じる。さらに狩猟で鹿皮十四枚を整えて送るよう求めた三名連署条書。
年月日未詳 / 冊子 499~501頁
西牟田武利の記録を基に、新納是久・忠祐父子らが梅北周辺の戦闘で戦死した経過を詳述する覚書。伊東祐充・北郷忠相ら関係勢力の動向、戦死者の遺骸を埋葬した場所を記し、古書に残る人名と後世の伝承を照合して事件の記憶を伝える。
年月日未詳 / 冊子 455~456頁/原整理番号 569
伊東祐充の持高七百四十八石九斗二合二才に、百石につき三人役を適用した人数賦。馬廻二十人(本人を含め二十一人)、鉄砲足軽二人、小姓四人、手道具足軽四人、草履取一人、中間二人、鎧箱二人、弁当箱二人、挟箱二人、小荷付小姓一人、九人重みを合わせて総人数五十人とする。衆中二十人の内訳は持道具五人・鉄砲五人・弓十人である。