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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:46系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

肥後氏系図

種子島氏と同じく藤原氏の跡を継ぐとする肥後氏系図。信基・信家・正信・信盛・正盛以下の系線を掲げ、信家には文永二年の切腹記事を付す。盛武は建久六年に大隅国守護代となり、先に日州穂北へ下着して一時居住した後、島津忠久に従って薩摩へ下り、東福寺城取懸を命じられ、下大隅九十五町を与えられたとする。信盛の代に下大隅山之城を取って居住し、後世は古江の知行を得て鹿児島府立野へ移り、古江氏を肥後氏一族とする由緒を記す。高盛―幸盛―盛垂の系線では盛垂が菱刈平城に住み、軍功により高城を与えられた。文明八年四月二十八日付の『肥後平盛高』頭注も載せる。末尾の盛家は周防介を称し伊集院谷口を領し、島津貴久に仕えて花棚村を与えられ、命を受けて日本国中を巡歴し、一国一部の大乗妙典を奉納した。盛吉は嫡家後嗣とされる。

登場人物
信基、信家、正信、信盛、正盛、盛武、島津忠久、盛久、氏盛、盛綱、高盛、幸盛、盛垂、久盛、重時、盛高、盛尭、盛継、盛資、盛照、盛益、盛治、盛真、盛秀、盛家、島津貴久、盛吉
宛先
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キーワード
肥後氏系図、種子島氏、藤原氏続跡、信基、信家、文永二年切腹、盛武、建久六年、大隅国守護代、日州穂北、島津忠久、薩摩下向、東福寺城、下大隅九十五町、下大隅山之城、古江、鹿児島府立野、肥後氏一族、菱刈平城、高城給付、文明八年、肥後平盛高、伊集院谷口、島津貴久、花棚村、日本国巡歴、一国一部大乗妙典奉納、嫡家後嗣