後編3-No.639文書確認度 高
伊藤玄宅覚書
萬治三年十一月七日 / 冊子 335~340頁
出水浄円寺の関介が所持していた書物について、伊藤玄宅が自らの記憶と異なる点を挙げながら朝鮮海戦の経過を詳述した覚書。相良玄蕃・川上六郎兵衛らの戦闘、忠恒・惟新の座船と諸船の配置、敵の火攻め、焼失船、夜間の救援・退避、漂流者の収容などを具体的に記し、関介の記録との差異は大略の証言であると断る。
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萬治三年十一月七日 / 冊子 335~340頁
出水浄円寺の関介が所持していた書物について、伊藤玄宅が自らの記憶と異なる点を挙げながら朝鮮海戦の経過を詳述した覚書。相良玄蕃・川上六郎兵衛らの戦闘、忠恒・惟新の座船と諸船の配置、敵の火攻め、焼失船、夜間の救援・退避、漂流者の収容などを具体的に記し、関介の記録との差異は大略の証言であると断る。
天正八年夏 / 冊子 654頁
若年から新納忠元に従って各地で軍功を挙げた新納忠秀が、天正八年夏の肥後国葦北郡宝川内城攻めに先立ち、何度も現地へ忍び入って地勢を偵察し、詳しく報告した。攻略後も諸戦で敵首を得て、その中に合志玄宅がいたと記す。
寛文四年六月吉日 / 冊子 482~487頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1070
伊藤玄宅が伊藤伝兵衛へ、先祖の由緒と島津氏への奉公、戦功・戦死、江戸勤仕、知行・屋敷、唐船漂着や城内事件への対応など一族の長年の働きを詳述し、家筋と奉公実績への配慮を願った願書。
年月日未詳 / 冊子 467頁/原整理番号 593-2
前文書への張紙として、竹元・六月田・福之江・今釜・野田・庄・米之津・平松などの人数を一番衆・二番衆に分け、山田主計助、井尻三郎右衛門、指宿内蔵助、加兵衛、大炊助、玄宅らの与や相中夫へ割り付ける。目録年月日は空欄のため維持する。