如雪書状
年月日未詳 / 冊子 66頁/原整理番号 17-3
如雪が江夏友賢に、当地の無事と自身の作事の進捗を知らせ、島津義弘と同船して来ることを待っていたが、老衰のため実現しなかったことを惜しみ、後便を期すと伝える書状写。
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年月日未詳 / 冊子 66頁/原整理番号 17-3
如雪が江夏友賢に、当地の無事と自身の作事の進捗を知らせ、島津義弘と同船して来ることを待っていたが、老衰のため実現しなかったことを惜しみ、後便を期すと伝える書状写。
延宝九年三月 / 冊子 64~65頁/原整理番号 16
大原林素王貞衷が、明から来日して島津義弘に仕えた江夏友賢(環瓊先生)の占筮・易学と、朝廷から受けた宝物・称号、薩摩への帰国、子孫への伝承を記す。火災で失われかけた神筮等を島津光久が収蔵し、易学興隆の証とした経緯を延宝九年伏見でまとめた。
四月十九日 / 冊子 65~66頁/原整理番号 17-1
江夏慶右衛門が先祖江夏友賢の由緒を述べる。友賢が内裏で易占により病状を奏し、褒賞と環瓊先生の称号を受け、如雪親王から周易と餞別歌を授かったこと、島津義弘への忠節により三百石を与えられ、飯野・栗野・帖佐・加治木へ従った家の履歴を記す。
年月日未詳 / 冊子 66頁/原整理番号 17-4
如雪が、江夏友賢の帰装が近いことを受け、別れを惜しむ漢文の序と二首の和歌を贈る。涙を滝の白糸に見立て、都の名残と再会を願う餞別詩歌。
年月日未詳 / 冊子 66~67頁/原整理番号 17-5
江夏氏を黄帝・陸終の末孫に連なる家として記し、難を避けて日本へ渡って旧族譜を失ったため、後世の証として近代の名ある者を列記する。続頁には永禄三年冬至吉日の年紀と、友賢・栄宗・栄守・栄春らの系譜を掲げる。
天保四年十月十八日 / 冊子 72~73頁/原整理番号 2
伊勢貞昌が前川為善を敬重した書簡への伊地知季安の標註。朝鮮人前川為善ら学芸に秀でた帰化人・遺臣を島津氏が厚遇した事例を挙げ、身分を越えて才徳ある人物を敬う当時の政治風俗を評価する。
六月二日 / 冊子 73~75頁/原整理番号 2-1
伊勢貞昌が前川為善に、前年春以来の書簡を受け取った喜びを述べ、文章・書の才能と学問の盛名を称える。朝鮮から薩摩へ来て鹿児島から加治木へ移った為善が、藩主の知遇を得て門弟を集める状況を祝し、道義に基づく交誼を求める。後半は伊地知季安の標註で、為善ら帰化人の履歴・学芸と島津氏の登用を考証する。