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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:32系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

梶原左近尉系図

梶原左衛門景時の二男景高を祖とし、景純以下、純家・兼純・滋純・信純・義純・重純・政純・元純・氏純・房純・成純・尚純らへ続く梶原左近尉家の系図。滋純が北条弥次郎を号して日置に住み、建武元年に下大隅へ入ったこと、信純が応安五年の日州合戦で御旗の役を務めたこと、政純が島津久豊の東福寺城で重代の太刀を守る番役中に討死したことを記す。元純については島津忠昌の隅州正八幡宮初詣供奉と年代矛盾を記録官史が指摘し、政純の子ではないとする。氏純・房純・成純らの官途、加世田での死、島津貴久への奉公、寛永七年に江戸で島津家久の命を受け、大迫と称していた家名を梶原左近尉へ復した由来も載せる。さらに尚純の母方について、志賀播磨が降参時に携え島津義弘へ献じた瀧田九郎の娘二人のうち、姉は曽木五兵衛に嫁ぎ、妹が尚純に与えられたと記す。

登場人物
梶原景時、梶原景高、景純、純家、兼純、滋純、信純、義純、重純、政純、元純、氏純、房純、成純、尚純、掃部重純、友純、島津久豊、島津忠昌、島津貴久、島津家久、島津義弘、志賀播磨、瀧田九郎、曽木五兵衛
宛先
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キーワード
梶原左近尉系図、梶原景時、梶原景高、二男、北条弥次郎、日置、建武元年、下大隅、応安五年、日州合戦、御旗之役、東福寺城、重代御太刀、討死、応永二十四年、隅州正八幡宮、元禄十年記録官史、加世田、大迫氏、寛永七年、江戸、梶原復姓、島津家久、島津義弘、志賀播磨、瀧田九郎、曽木五兵衛、養子、官途、法名