旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:107-14書状・上原氏知行/軍役/系譜記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
昌州書状
年未詳4月7日 / 冊子 271~273頁/原整理番号 107-14
卯月七日、昌州(傍注では連歌師昌叱か)が某人へ、先日その地へ参上して宿所を訪ねたが留守だったと伝え、京都連歌の『御かし』を平田与進のもとへ送る件について、料紙をまだ用意できないため、まず自分の愚作を差し上げるので書写して返してほしいと頼んだ書状。付属記事は、慶長十六年正月に龍伯が没した後、上原尚氏が鹿府に居住し、食禄百五十一石(国分高帳では百五十三石)で府籍に登ったこと、慶長十八年十二月に大坂事への備えとして老齢のため夫三人を出したこと、元和六年二月の百石以上四分一収公に応じ、残る百五石を食んだことを記す。さらに分家の尚演が家久の御納戸役となり、元和七年の犬追物で四疋を射、寛永九年には食禄七十九石を登録したこと、横川・清水郷・伏見・南林寺等に関わる尚演以下の分家・養子・還俗・御用人・近習役などを系図で示す。連歌書状に上原氏の近世初頭の知行縮減、軍役負担、役職、分家系譜を連ねた構成が特徴である。