追録6-No.855記事旧記雑録暫定版確認度 中
重豪、御鷹の鶴を拝領する記事
明和九年の編年記事(前年冬の下賜から同年六月晦日復命まで) / 冊子 312~313頁/原整理番号 855/整理ID 855
重豪が在国していた前年冬、家治が独り鷹狩りをして得た鶴一隻を国へ賜った経緯を記す。十二月二十七日、松平輝高が留守居樺山助之進資孫を召して鶴・奉書・駅券を授け、資孫は拝奉して芝邸へ帰った。その夜、川上八郎左衛門親方・米良弥平次則房を宰とし、歩行士二人・足軽六人で国へ護送した。正月二十二日、藩城へ到着し、重豪は対面所に親しく出て拝受した。同日、島津太郎次郎久容を謝恩使として東都へ送り、堂千太夫行撰・阿多源蔵實親を伴わせ、駅券と連署を付した。西海・山陽・東海を経て二月十六日東都へ到着し康福の邸を訪ね、二十七日に連署と駅券を返した。久容は同月二十四日、西丸の阿部正允の邸にも格書を届け、他の執政・若年寄へも例どおり書を送った。三月十五日に登営し、家治公へ二種一荷、家基公へも同品を献じて拝謁し、土岐美濃守定経が奏者となった。続いて久容自身は太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻を献じ、太田備後守資愛が奏者となった。同日西丸にも登り、自身で太刀と馬代銀一枚を献じ、小出伊勢守英常が奏者となった。十八日にも登営し、板倉勝清から奉書を授けられ、紗綾二巻を賜った。三月二十四日東都を発ち、六月晦日に鹿府へ帰って復命した。出典は御譜中。