追録2-No.721書状旧記雑録暫定版確認度 中
島津綱貴書状
元禄十三年四月九日 / 冊子 212–213頁/整理ID 721
島津綱貴が高林弥一郎へ、領内船が当地から帰帆する際、家来阿多六太夫について伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届け出るので、適切な差図を求めた書状。
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元禄十三年四月九日 / 冊子 212–213頁/整理ID 721
島津綱貴が高林弥一郎へ、領内船が当地から帰帆する際、家来阿多六太夫について伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届け出るので、適切な差図を求めた書状。
享保八年六月 / 冊子 617~618頁/整理ID 1556
公儀の薩州牧場・馬についての照会と回答の打写。最初の問答では、薩州産馬は伝来の牧立を守り、献上馬や家中馬のよい体格、佐倉・小金との比較、父母馬の選択、大牧・小牧の広狭と年々の駒数を述べる。六月三日に三宅弥一郎宅で佐久間が口上と書付により応答した経緯を付す。続く詳しい回答は、野駒を小荷駄に用いること、牧ごとの山林川と九尺ほどの土手、夏は山頂や木陰・冬は林で過ごさせ、無林の平野では壁のない茅葺柱立の小屋を置く飼養を説明する。牧内の駒走り、石場・水・爪のよさ、父馬一疋に母馬十五六ないし二十ほどの比、牧十八九か所・総馬千七八百ほどの概数、福山大牧の周囲十三里余と父馬百余、小牧の四月・八月の取駒、年全体の取駒三百余で年により増減する旨まで記す。
四月一日 / 冊子 112頁
入来院家の世継ぎに弥一郎重高を望む意向を良縁と評価し、藤二郎妹との縁組話が平松方へ未通達であるうちに、船本に滞在する少将へ内意を伝えて了承を得るよう急がせた書状。