後編1-No.625文書確認度 高
加久藤噯連署差出
(元禄十年)四月晦日 / 冊子 273~274頁
元禄十年、記録奉行の求めに応じて加久藤の噯役四人が提出した木崎原合戦由緒書。伊東方が槍掛口から加久藤城へ攻め込み、樺山常陸坊父子と城番衆が戦死したのち、不動寺の僧が鉄砲で米良筑後守を撃って敵陣を崩したとする。島津義弘の木崎原での奮戦、五代勝左衛門による伊東加賀守討取、粥餅田での柚木崎丹後守討取までを伝える。
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(元禄十年)四月晦日 / 冊子 273~274頁
元禄十年、記録奉行の求めに応じて加久藤の噯役四人が提出した木崎原合戦由緒書。伊東方が槍掛口から加久藤城へ攻め込み、樺山常陸坊父子と城番衆が戦死したのち、不動寺の僧が鉄砲で米良筑後守を撃って敵陣を崩したとする。島津義弘の木崎原での奮戦、五代勝左衛門による伊東加賀守討取、粥餅田での柚木崎丹後守討取までを伝える。
慶長十三年十一月朔日 / 冊子 190頁
慶長十三年十一月朔日、井尻常陸坊が、慶長三年の高麗番船で戦死した久兵衛尉の従者や甚六らについて、帰朝後に上洛・下国して勤めた期間、主従人数、奉公日数を列挙して提出した指出。
寛文四年六月吉日 / 冊子 482~487頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1070
伊藤玄宅が伊藤伝兵衛へ、先祖の由緒と島津氏への奉公、戦功・戦死、江戸勤仕、知行・屋敷、唐船漂着や城内事件への対応など一族の長年の働きを詳述し、家筋と奉公実績への配慮を願った願書。