追録1-No.1055記事(系譜抄)旧記雑録暫定版確認度 高
島津久憲領知判物謝礼使記事
年月日未詳 / 冊子 482頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1069
将軍徳川家綱から島津光久へ領知安堵の御判物が下されたため、島津久憲が謝礼使として江戸へ赴き、登城して将軍へ謝意を述べたことを記す系譜記事。
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年月日未詳 / 冊子 482頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1069
将軍徳川家綱から島津光久へ領知安堵の御判物が下されたため、島津久憲が謝礼使として江戸へ赴き、登城して将軍へ謝意を述べたことを記す系譜記事。
(元禄八年)四月十九日 / 冊子 930~931頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書2526
島津図書久洪の高祖父から父までが歴代将軍へ御目見し、鞍置御馬・御鷹・腰物・白銀・時服などを拝領した由緒を列記し、当代久洪にも御目見を許すよう内々に願った覚書。
七月廿二日 / 冊子 465頁/原整理番号 589
新納忠清ら3人は蒲生御曖衆に、蒲生衆8人を石火矢の射撃時機に合わせて差し出し、石火矢船へ乗せるよう命じる。久見崎へ赴く予定の三原大蔵・伊東早馬介と相談するよう付記する。
正保四年七月廿二日 / 冊子 477頁/原整理番号 617
蒲生衆8人に、石火矢を撃つ時機を見定めて指示し、石火矢船へ乗せるよう命じる。久見崎にいる三原大蔵・伊東早馬介と相談するよう求める。