宿次在番所日帳抄
年月日未詳 / 冊子 647頁
隅州様の聖之宮参詣に備え、新上橋から小野村境までの危険箇所修繕と道路普請を沿道各村へ割り当てた記録で、後世の写しには祭日を孔子の祭礼と推定する注記もある。
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年月日未詳 / 冊子 647頁
隅州様の聖之宮参詣に備え、新上橋から小野村境までの危険箇所修繕と道路普請を沿道各村へ割り当てた記録で、後世の写しには祭日を孔子の祭礼と推定する注記もある。
正平十二年四月廿日 / 冊子 4頁
島津氏久が田代次郎に、大隅国串良院弁分上条・立小野村と鹿屋院内高隈村の弁分を兵粮料所として宛行い、先例どおり知行して軍功を励むよう命じた宛行状。
応永五年十二月廿五日 / 冊子 178~179頁
田代清久が、大隅国田代内の宗次郎分について、遊喜田村・土橋村・原村・有里小野村・山野などの境界と自作分を列挙し、知行すべきことを示した譲状。
年月日未詳 / 冊子 282~283頁
応永二十年十二月七日の戦闘で佐多三郎九郎忠豊らが戦死したこと、北原彦次郎太郎・天辰式部二郎・遠矢某らの戦死や、小野村での戦闘に関する諸伝を記す殉死者記事。
宝永六年己丑十一月十四日 / 冊子 879–880頁/整理ID 2881
島津久輝ら六名が神明別当抱真院へ、神明宮建立に伴う社領三十石を、川辺郡小野村・日置郡田布施池邊村・姶良郡帖佐松津村から寄進する旨を記す。No.2880の吉貴花押付き寄進状と異なり、具体的な村名と石高を列記する。
享保十二年九月十八日 / 冊子 756頁/整理ID 1987
南泉院に鹿児島小野村の高五石八斗余を寄付する件につき、鹿児島小野村浮免に替えて野菜地から同量を取分け、南泉院へ付けることを証する三名連署状。
天保十年十月朔日(目録は十月一日) / 冊子 38~39頁/原整理番号 49の2/整理ID 49-2
碇山八郎右衛門へ高二百石を与える知行目録。市来養母村と同村永作浮免、姶羅郡山田上名村庄屋浮免、川辺小野村、鹿児島郡吉田本城村、志布志蓬原村、大村上手村などの領地を列記し、名寄帳は別冊とする。宰相転任に関する用事を担当して特に精勤したため、特別の思し召しで与えると記す。調所広郷・島津久備・菱刈隆観・島津久浮・久風が署判する。天保十年十月朔日付。