本田兼親譜
年月日未詳 / 冊子 521頁
文明十七年三月三日以降、本田兼親が忠廉の催促を受けて上井城などの戦いに参加し、戦功・合戦と一族の動向、のちの戦死を記す譜記事。
SEARCH THE ARCHIVE
『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
5 件 (全巻)/ 1–5件を表示
ページ 1 / 1
年月日未詳 / 冊子 521頁
文明十七年三月三日以降、本田兼親が忠廉の催促を受けて上井城などの戦いに参加し、戦功・合戦と一族の動向、のちの戦死を記す譜記事。
年月日未詳 / 冊子 747頁/原整理番号 780
蒲生有馬氏に正文が所在する覚書。谷口助右衛門らの氏名を三段組で列記し、随所に下人の名前や本人名の訂正・異記を添える。末尾の合計は人躰八十人、小者四十九人。文書独自の日付・宛先・作成者は記されず、名簿の対象集団や出陣先は、この覚書単独からは断定しない。旧切り抜きで774~782へ分散していた名簿を、本文の連続する三つの全高切片に復元した。
寛永12年12月11日 / 冊子 237頁/原整理番号 176
栗下名之内五人組について、長太郎兵衛尉方の対馬介所へ罷居る病者一人を含む隠人を調べる届書。十二月九日の探索を経て各名の内を調査し、寛永十二年十二月十一日、榎田村の跡検衆・諸役名を列ねて結ぶ。
寛永12年12月11日 / 冊子 237~238頁/原整理番号 177
中福良名之内五人組で、阿多内膳正殿被官・西田隼人佑らと同所の者を調査した隠人届書。松本の対馬介所へ孫七と申ものが病臥し、改衆八人が見立てた旨を記し、寛永十二年十二月十一日で結ぶ。
寛永12年12月11日 / 冊子 238~239頁/原整理番号 179
寛永十二年十一月二十六日より十二月三日まで、小川猪之介・川口安房介ら隠人の名前と居所、手札取得状況を改める届書。十一月二十七日に我々江被申出候間、覚悟申候は対馬介が取作仕置した旨を記し、十二月十一日で結ぶ。