後編4-No.1814文書確認度 高
寺山久豊・伊地知重竪連署状
(元和九年)閏八月十日 / 冊子 796~797頁
寺山久豊・伊地知重竪が、薩摩へ来た南蛮の黒船は江戸へ使者を送る船で、順風がなく山川湊沖に停泊していると報告した。大型船のため頴娃・指宿・伊座敷などから引船を集め、長崎へは寄らず江戸へ向かう予定であること、積荷は糸・巻物・白黒砂糖など、人員は二百七、八十人で日本人約三十人を含むことを伝えた連署状。
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(元和九年)閏八月十日 / 冊子 796~797頁
寺山久豊・伊地知重竪が、薩摩へ来た南蛮の黒船は江戸へ使者を送る船で、順風がなく山川湊沖に停泊していると報告した。大型船のため頴娃・指宿・伊座敷などから引船を集め、長崎へは寄らず江戸へ向かう予定であること、積荷は糸・巻物・白黒砂糖など、人員は二百七、八十人で日本人約三十人を含むことを伝えた連署状。
年月日未詳 / 冊子 559~560頁
寺山氏三代久兼の子女から久豊・久堅・忠昌を経て、養子久任・久長・久繁・久年・用長へ続く系統を記す。忠昌が佐多忠充の三男として養子に入り、坊津・姶良の地頭を務めたことなどを載せる。