後醍院宗重軍忠覚書
元和五年五月十七日 / 冊子 698~699頁
後醍院宗重が、相良氏との戦い、岩屋城・耳川・高麗など各地の合戦での先陣・太刀打ち・負傷・討取り等、自身と一族の軍忠を列挙し、証明を求めた長文の覚書。
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元和五年五月十七日 / 冊子 698~699頁
後醍院宗重が、相良氏との戦い、岩屋城・耳川・高麗など各地の合戦での先陣・太刀打ち・負傷・討取り等、自身と一族の軍忠を列挙し、証明を求めた長文の覚書。
建武四年七月廿三日 / 冊子 693頁
渋谷河内入道宗重の肥前国三根西郷地頭職について、将軍家御下文に従って沙汰するよう命じた高師直施行状。
正応元年(1288)~貞享2年(1685)の記事 / 冊子 390~398頁/原整理番号 4
後醍醐天皇を後宇多天皇の第二皇子として掲げ、護良・成良・恒良・尊良・宗良・懐良ら諸親王、後村上・長慶・後亀山の南朝皇統と諸王・法親王の系線を示す長大な正統系図。懐良親王については征西将軍として肥後菊池氏に迎えられ、菊池武光・武政らと大友・少弐勢を破り、大宰府を約九年間掌握したこと、明の返簡で『日本国王良懐』と記されたこと、今川了俊の九州下向後に退勢となり八代郡小野郷で没したことを詳記する。系図はさらに懐良親王の後裔とされる肥後系へ続き、相良義陽のもとで佐敷・八代方面に軍功を重ねた宗重、佐々成政の肥後統治と国人一揆、島津方への帰属、庄内合戦への出陣、慶長五年の濃州関ヶ原出陣と敗走・帰国などを、首級数・負傷・恩賞・居所とともに記録する。宗恒・頼浜・義信以下の子孫についても、肥後・薩摩での奉公、寺社への安置・葬地、出生・没年・養子関係・役職を貞享年間まで記す。末尾は村里の旧記や家伝、伊地知重英・良政の書中などを参照した旨を述べ、後醍醐天皇・皇后・征西将軍宮の霊牌と懐良親王の花押を臨写して備考とする。
応永19年9月25日、8月12日 / 冊子 201~203頁/原整理番号 68
巻末目録では『高木氏系図』、本文見出しでは『高木系図』とする系図。大職冠十三代の藤原隆家から、経輔(堤藤大納言)・文時(藤中納言)へ続き、文時が大宰府へ流され、屋敷馬場の高木陣に居住したとの由緒を記す。政則は筑前国山鹿へ流されたとし、季平・実遠を経て、日向国高木に住む恒貞以下、守光・貞兼、末兼・末忠・貞国、国房・重家・宗重・重兼・久安・久長へ系線を展開する。久家の子氏家は高木近江守・法名名高で、応永十九年九月二十五日に日向国原東で討死したと記し、島津和泉守・和田遠江守正貞との婚姻を掲げる。是家は高木三郎左衛門尉・法名見善で八月十二日に志和地で討死し、その子良直は高木永吉・三河守として島津殿の御子となり、傍注に『久豊公』とある。長家・金家・氏家・殖家以下の分流では、高木・朝倉・的野などの名字、官途・法名、島津枇山家・新納家等との婚姻、養子・寺職を記し、章家―家兼らの後裔で終わる。
明応7年~宝暦年間(系中) / 冊子 518~528頁/原整理番号 27-4
大隅国郡智尾権現の社家・丸氏について、明応7年の智尾権現上棟文に見える建部弟子丸宗弘(治部左衛門尉)を起点とし、宗元・源次・宗益・宗辰・宗重・宗武・弘之・弘中・弘充・宗方・宗時・宗意・宗茂・宗信・宗祐・宗門・宗安・盈隆らへ続く系譜。備前守らが島津忠隆・貴久期の志布志城・蒲生城などの戦いで討死したこと、宗益が日向福島警衛、河辺野間名三百斛など合計六百斛余の領知と地頭職を得たこと、宗辰が朝鮮出兵で軍功を挙げたことを記す。宗重以後は綱久・綱貴らへの奉公、京都御蔵奉行、琉球在番、江戸供奉・茶屋勤、智尾権現社殿の修造、各村の地頭職・御目付役・小姓役などを詳細に列挙する。宝暦年間には琉球在番からの帰帆が暴風で損傷しながら帰着して賞された記事があり、別系には肥前島原の一揆時の動員、日向国真幸院吉田地頭職六百斛、家久看病、朝鮮軍功感状などが見える。鹿児島の大火で宗茂宅と家伝・武具が焼失した際、宗茂が官庫へ納めていた模写を根拠に証判・感状を再下付された経緯も記す。各人の生没年・年齢・法名、母・妻の出自、女子の婚姻、養子、分家、無嗣断絶を併記し、盈隆と養子・後裔までを収める。
享保七年九月七日 / 冊子 583頁/整理ID 1459
九月七日、吉宗が薩摩少将へ、重陽の祝儀として小袖一重が到来し喜ばしく思う、詳細は安藤対馬守が述べると伝える御内書。
享保九年九月七日 / 冊子 674頁/整理ID 1697
重陽の祝儀として贈られた小袖一重の到着を喜び、謝意を伝える御内書。