後編6-No.151文書確認度 高
川上久国書状写
「寛永十七年」七月十一日 / 冊子 129頁
川上因幡守久国が国元の重臣らへ、高野山蓮金院から大和守島津久章が七月十日に到着したとの注進があったことを報じた書状写。一乗院も高野山に滞在しており、和州役人伊地知大蔵允に御蔵奉行衆の一人を付けて高野山へ上らせ、久章へ帰国を促すこと、なお帰国しない場合は三光院や一乗院を同道させる案を相談し、江戸へも飛脚で報告したとしている。
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「寛永十七年」七月十一日 / 冊子 129頁
川上因幡守久国が国元の重臣らへ、高野山蓮金院から大和守島津久章が七月十日に到着したとの注進があったことを報じた書状写。一乗院も高野山に滞在しており、和州役人伊地知大蔵允に御蔵奉行衆の一人を付けて高野山へ上らせ、久章へ帰国を促すこと、なお帰国しない場合は三光院や一乗院を同道させる案を相談し、江戸へも飛脚で報告したとしている。
寛永十七年七月十七日 / 冊子 87頁/原整理番号 39
川上久国が国元の家老らへ、大和守久章が十日に高野山蓮金院へ来たと一乗院・蓮金院から知らせを受けたことを報告する。伊地知大蔵允らを高野山へ遣わして帰国を勧め、必要なら三光院・一乗院の同行を求める手筈を述べる七月十七日付書状。
年月日未詳 / 冊子 135~136頁
松平石見守・生駒壱岐守の家中で切腹を命じられた者を列挙した書立。伊木野伊織以下の家臣を、相馬大膳・仙石越前守・丹羽左京・真田伊豆・京極丹後守・松平出羽守・森内記らの預け先ごとに掲げ、切腹者のほか追放・仕置に関わる者も記している。張紙・墨書で『此名書ハ御譜中ナシ』との注記があり、本文135頁から136頁上段まで続く。