北郷時久譜
年月日未詳 / 冊子 64頁
永禄元年十一月五日、伊東勢が飫肥新山城を大軍で攻め、北郷忠孝・久信、知覧忠幸らが戦死し、士卒にも多数の死者が出たことを記す。
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年月日未詳 / 冊子 64頁
永禄元年十一月五日、伊東勢が飫肥新山城を大軍で攻め、北郷忠孝・久信、知覧忠幸らが戦死し、士卒にも多数の死者が出たことを記す。
年月日未詳 / 冊子 928頁
島津久保譜中の系譜記事として、天文二十三年に生まれた女子が島津豊後守朝久の室となり、母は北郷左馬助忠孝の娘であることを記す。
年月日未詳 / 冊子 64頁
永禄元年十一月五日の飫肥新山城合戦を詳述する。伊東勢の猛攻で北郷忠相の二男忠孝と三郎右衛門久信らが討死し、三月の久慶戦死に続き忠相が子を失った悲哀と、多数の将兵の戦死を記す。
年月日未詳 / 冊子 899頁
北郷三久の幼名・通称・官途と、天正元年三月十日の出生、母が北郷左馬助忠孝の娘であることを記す。 北郷家の系譜上の位置と、後続する家督補佐・相続関係を理解するための基礎となる譜記事。
年月日未詳 / 冊子 730頁
北郷忠親流の系図を続載し、忠孝の飫肥新山戦死、久慶の宮ケ原戦死、久通以下の家系、女子の島津征久への婚姻などを記す。
年月日未詳 / 冊子 734頁
北郷忠相の二男忠孝を祖とする財部支流系図。忠孝が財部地頭として飫肥新山合戦で戦死したこと、忠増が忠虎の家老を務めたこと、久延が財部地頭・家老として朝鮮役中に軍代を務め、幼い久加の人質上洛に随行したことを記す。
年月日未詳 / 冊子 64~65頁
永禄元年十一月四日に新山城が攻め落とされ、多数が戦死したことと、十二月二十三日に薩摩・飫肥・庄内三家の軍が反撃した戦闘を記す。島津忠将を大将とする諸将の槍働きや負傷を列挙する。
年月日未詳 / 冊子 559頁
島津久保譜に収められた系譜記事。島津豊後守朝久の室について、天文二十三年生、母は北郷左馬助忠孝の娘、寛永十三年十一月十一日に八十三歳で死去したことや法諱を記し、鶴寿丸・久保又一郎らの系譜関係を掲げる。