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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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島津世禄記-A07記事関連史料(外伝)確認度 高

種子島父子不和之事 付 攻加治木事

種子島加賀守恵時と子の左近大夫直時が不和となり、直時が貴久へ援助を求めた事件と、加治木攻めを併記する。貴久は新納伊勢守を大将に小勢を派遣し、軍は硫黄島を経て屋久島へ着く。恵時も種子島から来て身柄を貴久に委ねようとするが、貴久は他人の所領を貪らず、父子を和解させて帰島させたため、種子島氏は以後その恩を重んじた。後半では忠良・貴久が小浜から加治木城を攻め、真幸院の北原兼孝も加勢するが、北原方の周防介・洪江兵庫助ら七十余人が戦死し、島津勢は帰陣する。その後も小浜への侵攻が続いたため、忠良父子は敵を油断させる策として小浜の塁を本田方へ一時的に譲る。従来概要の「最終的な講和・服属」ではなく、初回攻撃の失敗と後日の誘敵策を記した記事である。

登場人物
島津貴久、島津忠良、種子島恵時、種子島直時、新納伊勢守、北原兼孝、北原周防介、洪江兵庫助、樺山善久、本田氏
宛先
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キーワード
種子島父子不和、父子和解、加治木攻め、小浜、北原勢戦死、誘敵策