伊地知季安書付
(天保六年)閏七月十二日 / 冊子 318頁/原整理番号 91
伊地知小十郎(季安)が伊集院喜左衛門(兼道)へ、差し出した書抜を「一向宗御禁止愚按補遺」の冊子末尾に添えておくよう依頼する。自分の手元には別の控えがないため、用済み後には便を見て返送してほしいと頼む。
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(天保六年)閏七月十二日 / 冊子 318頁/原整理番号 91
伊地知小十郎(季安)が伊集院喜左衛門(兼道)へ、差し出した書抜を「一向宗御禁止愚按補遺」の冊子末尾に添えておくよう依頼する。自分の手元には別の控えがないため、用済み後には便を見て返送してほしいと頼む。
宝永4年5月25日改訂・御記録所提出(系譜記事は天文~享保年間に及ぶ) / 冊子 585~593頁/原整理番号 100
伴家肝属氏の近代の家系を兼続以下の枝筋までたどり、子女・養子・婚姻、家督、官途・法名、所領、戦死や寺院関係を記した長大な系図。冒頭に宝永四年五月二十五日、改訂して御記録所へ差し出したと記し、兼続の弘治二年の口宣、良兼らの志布志大慈寺・日州の寺院や位牌をめぐる記事、兼長らの地頭職・知行、兼道らの島津家との関係や慶長五年の戦死を載せる。後段には享保年間の太刀・銀馬代や家格に関する願い、僧籍に入った者、女性の婚姻・離別も記し、宝永四年の提出後にあたる年次の記事も含む。単なる直系表ではなく、分家・養子筋と後年の由緒主張を併記した点に特徴がある。
記三一一宝永七年閾八月八日 / 冊子 321~322頁/原整理番号 32
肝付八郎右衛門が御番免除の願いに添えた家筋の書物の抜書。先祖が肝付郡を領したことから歴代の相続・奉公をたどり、島津家との関係や一族の格式を述べる。宝永七年閏八月八日付の記録。
七月廿六日 / 冊子 730頁/整理ID 2460
島津吉貴が霧島権現宮へ、江戸西の丸での安産という宿願の成就を受け、丹後守兼道作の太刀一腰を奉納する寄進状。No.2459とは寄進先と刀銘が異なる。