佐多忠増外二名連署書下
慶長十九年十一月六日 / 冊子 556頁
佐多忠増ら三名による連署書下。折紙のため署名者相互の配置が分からず、同文の別号文書があるとして本文を省略した旨を記す。
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慶長十九年十一月六日 / 冊子 556頁
佐多忠増ら三名による連署書下。折紙のため署名者相互の配置が分からず、同文の別号文書があるとして本文を省略した旨を記す。
慶長十九年十一月六日 / 冊子 559~560頁
田代刑部少輔から差し出された土地の高と年貢・道具負担を示し、左右の順に耕作を進め、油断なく用意するよう命じた三名連署書下。
慶長廿年四月二日 / 冊子 576頁
出陣時の軍役として、石高に応じた十人の兵員と、乗馬・馬取・鉄砲・弓・槍・草履取などの装備・役割を用意するよう命じた三名連署書下。二か月分の費用を自弁することも定める。
慶長二十年四月二日 / 冊子 577頁
知行高に応じ、出陣時に用意すべき軍役人数九人と、騎馬・馬取・具足・鉄砲・弓・鑓などの構成を定め、二か月分の自弁を命じた三名連署の書下。
慶長廿年四月八日 / 冊子 577頁
知行高に応じ、出陣時の軍役人数十四人と、騎馬二疋を含む具足・鉄砲・弓・鑓などの装備構成を定め、周到な準備を命じた連署書下。
天正八年十月十五日~十一月二十三日 / 冊子 677頁
天正八年十月十五日の肥後矢崎城攻めで、川上久辰が佐多忠増・河野通政とともに戦ったことを簡潔に記す譜記事。
寛永9年6月吉日 / 冊子 7~11頁/原整理番号 8
東目筋・西目筋それぞれを一番から五番に分け、各番の騎馬・昇・鉄砲・鑓の数と担当者を列挙した出陣編成表である。鹿児島衆の予備騎馬や御手廻の騎馬も定め、六月吉日、牛根佐多越後守忠増の名で締めくくる。
慶長20年4月2日 / 冊子 171~172頁/原整理番号 85
玉利竹兵衛に対し、三百石余の高に応じた人数十人、乗馬・指物・鉄砲・弓・甲持・人足などの出陣軍役を割り当てる連署書下。道具の整備、触日に遅れない出陣、二か月分の自賄いを命じ、慶長20年4月2日付で三名が連署する。
慶長20年4月2日 / 冊子 172頁/原整理番号 86
伊地知治左衛門尉に対し、三百四石余の高に応じた人数九人、乗馬・甲持・鉄砲・弓・槍・人足などの出陣軍役を割り当てる連署書下。陣中で人数・道具を乱さず、二か月分を自賄いするよう命じ、慶長20年4月2日付で三名が連署する。
慶長20年4月8日 / 冊子 173頁/原整理番号 88
伊地知四郎兵衛尉に対し、四百七十一石余の高に応じて左備の人数十四人、馬乗・馬取・甲持・鉄砲・弓などを割り当てる連署書。兵具奉行と相談し、二か月分を自賄いして出陣するよう命じる。