後編1-No.126文書確認度 高
琉球国三司官書状
(永禄二年)三月三日 / 冊子 69頁
琉球国三司官が島津氏老臣に、唐商人来航に備え、貴国商船が来航した際には従来どおり武具・腰刀を那覇で預かり、出船時に返すこと、印判のない船を受け入れないことを求めた書状。織物九端を添える。
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(永禄二年)三月三日 / 冊子 69頁
琉球国三司官が島津氏老臣に、唐商人来航に備え、貴国商船が来航した際には従来どおり武具・腰刀を那覇で預かり、出船時に返すこと、印判のない船を受け入れないことを求めた書状。織物九端を添える。
年月日未詳 / 冊子 18頁
弘治元年十一月十六日、新城勢が伏兵を置いたが敵を誘い込めず、伏兵が起つと横尾塁まで追撃した。その後、敵の反撃で味方約二十人が負傷し、吉田衆の本田宗左衛門は火矢を受けて即死、伊集院掃部助も深手を負った。三十日には山田の足軽が松坂浦で敵一人を討った。
天正16年10月13日 / 冊子 418~419頁
「嵐香御祓之事」として、月・江・菊・天・気などの語に対応する祓詞と、町田左京亮・伊集院掃部助ら家臣名を列記した儀礼関係の記録。 季節語・歌語のような語句と担当者を組み合わせた一覧で、島津家中の祓・献詠に関わる構成を知る手掛かりとなる。