喜入忠政・伊勢貞昌連署状
(元和六年)閏十二月廿九日 / 冊子 739~740頁
喜入忠政・伊勢貞昌が国元の重臣に、出水・長島から百姓二十余人が逃散した件、風水害後の収納・荒地・移住・開発を調査し、良地悪地を区別して御蔵入の後年負担を避けるよう協議を求めた連署状。
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(元和六年)閏十二月廿九日 / 冊子 739~740頁
喜入忠政・伊勢貞昌が国元の重臣に、出水・長島から百姓二十余人が逃散した件、風水害後の収納・荒地・移住・開発を調査し、良地悪地を区別して御蔵入の後年負担を避けるよう協議を求めた連署状。
四月十八日 / 冊子 156頁
島津久元と三原重種が本田源右衛門に、蒲生御城米の究帳を早急に差し出すよう命じた連署書状。算用奉行衆から度々催促があり、今月中に算用を済ませる必要があるため、これ以上の延引がないよう厳命する。
(元和七年)六月廿八日 / 冊子 772~773頁
伊勢貞昌が喜入忠政・三原重種へ、島津家久が六月二十七日に大坂へ着き、相次ぐ注進を受けて翌朝江戸へ急行したことを報告した。また和子入内の供奉、大坂普請での巨石運搬と費用、家久進上材木の利用などを伝えた書状。
(寛永六年)十月五日 / 冊子 116~117頁
薩摩守領と有馬殿領との境界争いについて、相手方からの書状を受け、双方の使者が行き違って十分な面談ができなかった経緯を説明し、今後詳細を聞き取って上申すると伝えた三名連署書状。
(寛永六年)十月八日 / 冊子 117~118頁
薩摩守領と有馬殿領の境界争いをめぐり、秋月方らの使者派遣、相手方からの使者への対応、内々の相談と今後の処置について返答した伊東祐慶の書状。
(寛永六年)十月十八日 / 冊子 118~119頁
伊集院長衛門の出立と大炊頭からの書状、関係者の聞き取りや証人の召し出し、当年の国許での越年と礼状の返書などについて、経緯と今後の対応を報じた書状。