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論理記事 99物理文書 99冊子 20頁

諸家大概(坤)

源姓佐竹氏

源姓佐竹氏は関東佐竹の一族佐竹次郎義昭武者修行に出御当国に参り候

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判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は源姓佐竹氏を関東佐竹氏の一族とし、佐竹次郎義昭が武者修行で薩摩へ来て召し留められたとする。兵道の達人として河田駿河入道の一流を伝受し、のち光明坊を称したこと、子孫が山伏として島津家へ奉公したことを記す。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

佐竹氏は源姓で、関東佐竹氏の一族である。佐竹次郎義昭は武者修行に出て薩摩国へ来たところ召し留められた。もとより兵法に詳しい者で、河田駿河入道から一流を伝授され、のち光明坊と称したことは旧記にも見える。その子孫は代々山伏となり、佐竹一平・光悦らが親しく召し仕えられた。中納言様が病中の時には護摩所で祈祷を行い、当主が戦死すると殉死した者もいたという。

論理記事ID
99
物理文書番号
99
史料名
諸家大概(坤)
文書名
源姓佐竹氏
記事種別
家・氏族由緒・兵法伝承・修験
姓・系統
源姓・関東佐竹氏流とする伝承
冊子頁
20頁
主要人物
佐竹次郎義昭(原字要確認)、河田駿河入道、光明坊、島津家
関係地
関東、薩摩国、光明坊
キーワード
佐竹氏、源姓、関東佐竹氏、佐竹次郎、武者修行、兵道、河田駿河入道、光明坊、山伏、護摩、殉死
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
佐竹次郎の諱、河田駿河入道から伝授された兵法、光明坊以下の修験者名、病中祈祷と殉死記事を継続確認する。
史料評価
伝承を含む
既存整理対応ID
K-086
処理状態
第三次精読済(現行維持)
備考
冊子20頁上段の独立短条。全文を現代語訳したが、人名細部は疑義を保持。