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論理記事 411物理文書 411冊子 75頁

御家譜

島津忠隆

十三代 忠隆公 百房丸 又六郎

試験導入中です。史料本文の主張と史実認定を区別してお読みください

判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

島津家十三代の忠隆について、百房丸・又六郎を掲げ、明応六年八月十四日の出生、兄忠治の早世により永正十二年に守護職を継いだこと、永正十六年四月四日に病没したことと享年二十三・法名を記す。御母は大友豊前守政親の娘である天真夫人とする。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

忠隆公は明応六年八月十四日に生まれた。永正十二年、兄の忠治公が早くに亡くなったため守護職を継いだ。永正十六年四月四日に病気で亡くなり、二十三歳であった。母は大友豊前守政親の娘、天真夫人である。

論理記事ID
411
物理文書番号
411
史料名
御家譜
文書名
島津忠隆
記事種別
人物・歴代当主・十三代・百房丸・又六郎・出生・家督・病没・御母
姓・系統
島津家十三代・忠隆の略年譜
冊子頁
75頁
主要人物
島津忠隆、島津忠治、天真夫人(天真妙香大姉)、大友豊前守政親
関係地
薩摩国ほか
キーワード
御家譜、島津忠隆、十三代、百房丸、又六郎、明応六年、永正十二年、守護職、永正十六年、病没、天真夫人、大友政親
読取確認度
中
境界判定
良
境界疑義
冊子75頁上段左端の『十三代 忠隆公』から下段右端の御母欄までを含む独立記事。前の忠治公末尾、次の十四代勝久公とは赤線・横線・代見出しで分かれる。
判読疑義
病名・法名の細字、天真夫人の院号表記を継続確認する。
史料評価
忠治早世後の家督継承と忠隆の短い生涯を示す簡潔な当主記事
既存整理対応ID
P-025、R-027・R-117・R-119、E-021~E-022
処理状態
第一次整理済
備考
短文のため現代語訳を付した。