職掌紀原
奥御茶道
奥御茶道 初名御側御茶道
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SUMMARY
概要
初め御側御茶道と称し、創設年は不詳とする。御数寄屋では吉貴代に始まったと伝えるが、追考として元禄十四年十二月の鍋三郎の七夜祝いに御側茶湯四名が進上物を命じられた記事を掲げ、これは御側御茶道に当たると判断する。当時はなお綱貴在職中であるため、吉貴代創始説は御数寄屋の伝え誤りではないかと指摘する。安永九年七月、奥御茶道へ改称した。
MODERN JAPANESE
現代語訳(短文)
初めは御側御茶道と称したが、いつ設けられたかは分からない。御数寄屋では、この職は吉貴公の時代に始まったと伝えるが、詳しくは分からない。安永九年七月、奥御茶道と改称した。追考すると、元禄十四年十二月、鍋三郎様の七夜の祝いに際して進上物を命じられた役々の中に、御側茶湯として福崎惣楽・鍋倉固斎・永瀬万悦・西川権斎の名がある。この御側茶湯は御側御茶道であろう。この年までは綱貴公が家督にあったため、御数寄屋の伝えが誤っているのではないか。人名と祝い記事の細部はなお確認を要する。
- 論理記事ID
- 389
- 物理文書番号
- 389
- 史料名
- 職掌紀原
- 文書名
- 奥御茶道
- 記事種別
- 職掌・奥御茶道・御側御茶道・御側茶湯・島津吉貴・島津綱貴・元禄十四年・安永九年・追考・改称
- 姓・系統
- 御側茶湯・御側御茶道の古例と、奥御茶道への改称に関する伝承批判
- 冊子頁
- 68頁
- 主要人物
- 島津吉貴、島津綱貴、鍋三郎、福崎惣楽、鍋倉固斎、永瀬万悦、西川権斎(人名は判読要確認)
- 関係地
- 御側、奥、御数寄屋
- キーワード
- 職掌紀原、奥御茶道、御側御茶道、御側茶湯、島津吉貴、島津綱貴、鍋三郎、元禄十四年、七夜祝い、福崎惣楽、鍋倉固斎、永瀬万悦、西川権斎、安永九年、追考、改称
- 読取確認度
- 低
- 境界判定
- 良
- 境界疑義
- 冊子68頁上段中央右寄りの独立記事。本文と『追考』は同じ奥御茶道の起源を検討する一連の記事で、前後の表御同朋・小坊主とは横線・見出しで明瞭に分かれる。
- 判読疑義
- 吉貴代創始説、元禄十四年十二月の鍋三郎七夜祝い、御側茶湯四名の姓名、綱貴家督中とする結論、安永九年七月の改称文言を継続確認する。
- 史料評価
- 職掌伝承を同時代の祝い記事で再検討し、御側茶湯の古例と奥御茶道への改称を結び付けた史料批判的な沿革記事
- 既存整理対応ID
- C-087
- 処理状態
- 第一次整理済
- 備考
- 伝承と追考を分離して記述。