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論理記事 307物理文書 307冊子 47頁

職掌紀原

当番頭(初名御番頭)

当番頭 初名御番頭

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判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

当番頭は初め御番頭と称し、寛陽院の代に置かれたが年代は不詳で、寛文年間頃とも考えられる。以前は参勤の供として一人ずつ江戸詰を命じられ、のち御用人を兼務した可能性を記す。天明六年七月、御番頭を当番頭と称するよう命じられた。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

この役は初め御番頭といい、寛陽院様の代に設けられたが、その年代は詳しくない。寛文年間頃であろうかと考えられる。以前は参勤の際の供にも一人ずつ召し連れられ、江戸詰を命じられた。この頃から御用人を兼務するよう命じられたのであろうか、なお考えるべきである。天明六年丙午七月、御番頭を当番頭という役名で称するよう申し渡された。

論理記事ID
307
物理文書番号
307
史料名
職掌紀原
文書名
当番頭(初名御番頭)
記事種別
職掌・当番頭・御番頭・近侍・参勤供・江戸詰・御用人兼務・役名改称・天明六年
姓・系統
寛陽院代に置かれた御番頭から天明六年の当番頭改称までの短い沿革
冊子頁
47頁
主要人物
寛陽院、御番頭・当番頭歴任者
関係地
江戸、国元
キーワード
職掌紀原、当番頭、御番頭、寛陽院、寛文年間、参勤、御供、江戸詰、御用人兼務、天明六年、改称
読取確認度
中
境界判定
良
境界疑義
冊子47頁下段左寄りの独立見出し。前条末尾と次の附録奏者番を赤線で分離。
判読疑義
設置年代を寛文年間頃とする推測表現、御用人兼務の開始時期、天明六年七月改称記事の細字を継続確認する。
史料評価
御番頭の設置推定、参勤供・江戸詰、御用人兼務、当番頭への改称を簡潔に示す職掌沿革
既存整理対応ID
C-011
処理状態
第一次整理済
備考
原文自身の推測は断定せず保持。