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論理記事 290物理文書 290冊子 41頁

職掌紀原

御城代(一名御留守居役)

御城代 一名御留守居役

試験導入中です。史料本文の主張と史実認定を区別してお読みください

判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は御城代を一名御留守居役とし、上古には所見がないとする。家久代、出陣時に島津豊後久賀へ留守居を命じたことが現在の御城代に当たるとの家伝を掲げ、久賀が家久の姉の子であったため委任されたと自家系図に見えるという。ただし正式に御留守居役へ任命されたかは不分明で、光久代まで同じ趣旨の任命が続いたかも不明と留保する。久賀の寛永十五年豊前改名・正保元年死去を記し、寛文六年八月十七日の北郷佐渡久賀への御留守役任命と、次文書の申渡内容へ接続する。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

この職は古い時代には所見がない。家久公の代、出陣の際に島津豊後久賀へ留守居を命ずる旨が申し渡され、この留守居が現在の御城代に当たるという。久賀は家久公の姉の子であったため、このように委任されたことが自家の系図に見える。ただし、明確に御留守居役として任命されたかははっきりせず、光久公の代まで同じ趣旨で命じられていたかも分からない。久賀は寛永十五年に豊前と改名し、正保元年三月に死去した。その後、寛文六年八月十七日に北郷佐渡久賀へ御留守役が命じられ、その際の申渡しは次のとおりである。

論理記事ID
290
物理文書番号
290
史料名
職掌紀原
文書名
御城代(一名御留守居役)
記事種別
職掌・御城代・御留守居役・起源考証・家久代・家系図・任命不分明・光久代・寛文六年任命
姓・系統
職掌起源記事・家久代の家伝から寛文六年の御留守役任命へ接続
冊子頁
41頁
主要人物
島津家久、島津豊後久賀、島津光久、北郷佐渡久賀
関係地
御城、東都芝邸との直接関係なし
キーワード
職掌紀原、御城代、御留守居役、島津家久、島津豊後久賀、家久姉子、家系図、任命不分明、島津光久、寛永十五年、正保元年、寛文六年、北郷佐渡久賀、申渡
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
冊子41頁上段右側の職掌総説。次の『北郷佐渡被仰渡御口上覚』は文書291として別分割。
判読疑義
島津豊後久賀と北郷佐渡久賀の人名・同一人物性、家久出陣時の文意、家久姉子という続柄、自家系図の主体、寛永十五年改名・正保元年死去、寛文六年任命の人物比定を継続確認する。
史料評価
自家系図に基づく起源説を掲げながら正式任命・継続時期を不分明とする、職掌沿革の史料批判を含む導入記事
既存整理対応ID
C-001(旧備考の『各御留守居役』は原画像により『一名御留守居役』へ訂正)
処理状態
第一次整理済
備考
職掌紀原の開始文書として史料切替を明示。