御家中諸家大概
田尻氏(筑後流)
田尻は筑後の田尻城主にて候
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SUMMARY
概要
本文は筑後流の田尻氏を田尻城主とし、義久代に島津家へ服属を申し入れたものの、龍造寺隆信に攻め殺されたと記す。当時二、三歳だった加兵衛の祖父は乳母に抱かれて逃れ、のち島津家へ参ったという。末尾では、その他の田尻氏はこの家とは別家で、平姓であろうと区別する。
MODERN JAPANESE
現代語訳(短文)
田尻氏は筑後の田尻城主であった。義久公の代に御幕下へ入る旨を申し入れていたところ、龍造寺隆信に攻め殺された。その時、現在の加兵衛の祖父は二、三歳であったため、乳母が抱いて逃れ、その後、島津家へ参った。その他の田尻氏は別家であり、平姓と思われる。
- 論理記事ID
- 286
- 物理文書番号
- 286
- 史料名
- 御家中諸家大概
- 文書名
- 田尻氏(筑後流)
- 記事種別
- 家・氏族由緒・筑後田尻城主・島津義久代服属・龍造寺隆信攻撃・幼児逃避・島津家奉公・同名別家
- 姓・系統
- 筑後田尻城主系・他の田尻氏は平姓の別家とする
- 冊子頁
- 38頁
- 主要人物
- 島津義久、龍造寺隆信、田尻加兵衛、加兵衛祖父、乳母
- 関係地
- 筑後国、田尻城、薩摩国
- キーワード
- 田尻氏、筑後国、田尻城、島津義久、服属、龍造寺隆信、攻亡、田尻加兵衛、幼児、乳母、逃避、島津家奉公、平姓、同名別家
- 読取確認度
- 中
- 境界判定
- 良
- 境界疑義
- 冊子38頁下段右寄りの細幅短条。前後の『一』見出しで独立を確認。
- 判読疑義
- 筑後田尻城の所在地、義久代の服属申入れ、龍造寺隆信による攻亡の時期、加兵衛祖父の実名・世代、他の田尻氏を平姓別家とする判断を継続確認する。
- 史料評価
- 筑後城主系の没落と幼少後裔の島津家出仕を伝え、薩摩ほかの同名田尻氏を別系として明記する家伝
- 既存整理対応ID
- K-262(別本文書257・主編K-271にも関連)
- 処理状態
- 第一次整理済