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論理記事 164物理文書 164冊子 27頁

諸家大概(坤)

赤塚氏

赤塚氏は源姓武州赤塚と申処に致居住家号といたし候

試験導入中です。史料本文の主張と史実認定を区別してお読みください

判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は源姓赤塚氏が武蔵国赤塚に居住して家号としたとし、元弘・建武の乱での軍功を掲げる。氏久代に島津家へ出仕し、天正年間の赤塚源太左衛門の軍役、野津・高原城方面での働き、赤塚三右衛門の人質奉公を記す。清左衛門・吉右衛門ら後裔と、利七の高麗での戦死も載せる。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

赤塚氏は源姓で、武蔵国赤塚に居住したことを家号とした。子孫は元弘・建武の乱で各地に軍功を挙げ、氏久公の代に島津家へ出仕して代々奉公した。天正年間には赤塚源太左衛門が各地で軍役を務め、野津方面の大将を命じられた。源太左衛門の子・赤塚三右衛門は、天正十五年の羽柴秀長の陣で細田党右衛門とともに人質に出た。赤塚清左衛門はこの系統である。赤塚吉右衛門の祖父・吉右衛門は義久公に仕え、その弟利七は高麗で戦死した。吉右衛門家は清左衛門家の二男家である。

論理記事ID
164
物理文書番号
164
史料名
諸家大概(坤)
文書名
赤塚氏
記事種別
家・氏族由緒・名字由来・元弘建武軍功・島津家出仕・軍役・戦死・後裔
姓・系統
源姓
冊子頁
27頁
主要人物
島津氏久、赤塚源太左衛門、佐竹光明坊、赤塚三右衛門、羽柴秀長、細田党右衛門、赤塚清左衛門、赤塚吉右衛門、島津義久、赤塚利七
関係地
武蔵国赤塚、野津、高原城、高麗
キーワード
赤塚氏、源姓、武蔵国赤塚、元弘、建武、島津氏久、天正、赤塚源太左衛門、野津、高原城、赤塚三右衛門、羽柴秀長、人質、島津義久、高麗、戦死
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
源太左衛門の軍役地・役割、佐竹光明坊との関係、三右衛門の人質記事、清左衛門・吉右衛門・利七の系譜を継続確認する。
史料評価
名字由来から南北朝軍功・戦国軍役・後裔を連続させる家伝
既存整理対応ID
K-147
処理状態
第三次精読済(現行維持)
備考
冊子27頁上段の独立短条。高倍率画像で軍役・人質・高麗戦死記事を確認し、全文を現代語訳。