諸家大概(坤)
鬼塚氏
源姓鬼塚氏は佐々木四郎秀綱の子八郎左衛門季成初て鬼塚と号し候
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SUMMARY
概要
本文は鬼塚氏を源姓・佐々木氏流とし、佐々木四郎秀綱の子八郎左衛門季成が初めて鬼塚を号したと伝えるが、子孫が島津家へ参った時期は不明とする。天正年間、鬼塚刑部左衛門が豊後国野津で戦死したと系図にあり、『西国太平記』にも刑部左衛門戦死の記事があると比較する。嫡家を鬼塚源右衛門家とする。
MODERN JAPANESE
現代語訳(短文)
源姓鬼塚氏は、佐々木四郎秀綱の子八郎左衛門季成が初めて鬼塚と称したと見える。その子孫がいつ島津家へ参ったかは分からない。天正年間、鬼塚刑部左衛門が豊後国野津で戦死したと系図にあり、『西国太平記』にも刑部左衛門が戦死したとある。嫡家は鬼塚源右衛門家である。
- 論理記事ID
- 145
- 物理文書番号
- 145
- 史料名
- 諸家大概(坤)
- 文書名
- 鬼塚氏
- 記事種別
- 家・氏族由緒・名字由来・戦死・系図・軍記比較・嫡家
- 姓・系統
- 源姓・佐々木氏流とする
- 冊子頁
- 25頁
- 主要人物
- 佐々木四郎秀綱、八郎左衛門季成、鬼塚刑部左衛門、鬼塚源右衛門
- 関係地
- 豊後国野津、薩摩国
- キーワード
- 鬼塚氏、源姓、佐々木氏流、佐々木四郎秀綱、八郎左衛門季成、名字由来、天正、鬼塚刑部左衛門、豊後国野津、戦死、系図、西国太平記、鬼塚源右衛門、嫡家
- 読取確認度
- 低
- 境界判定
- 良
- 境界疑義
- なし
- 判読疑義
- 佐々木四郎秀綱・八郎左衛門季成の系譜、子孫の来仕時期、天正年間記事の語句、野津戦死者と『西国太平記』記事、源右衛門家への接続を継続確認する。
- 史料評価
- 始祖伝承と系図・軍記の戦死記事を比較する家伝
- 既存整理対応ID
- K-131
- 処理状態
- 第一次整理済
- 備考
- 冊子25頁下段の独立短条。系図と『西国太平記』の異同を統合せず、全文を現代語訳。