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論理記事 141物理文書 141冊子 25頁

諸家大概(坤)

中条氏

源姓中条氏は義国より系候

試験導入中です。史料本文の主張と史実認定を区別してお読みください

判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は中条氏を源姓・源義国の系統とし、建仁頃に薩摩へ下向したと伝える。建武三年頃の軍奉行中条左衛門入道祐心、康応二年九月二十八日の合隈合戦での戦死、将軍足利義詮から中条弥六へ下された感状を挙げる。中古以後に衰えたとし、島津玄蕃家中の中条六右衛門が所持する系図は旧記と符合しないが、まったくの誤りとも見えないと評する。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

源姓中条氏は源義国の系統である。建仁頃に薩摩国へ下向したと見える。建武三年頃には、軍奉行の中条左衛門入道祐心という者がいた。そのほか旧記にも多く見える。康応二年九月二十八日の合隈合戦で戦死した者があり、将軍義詮公から中条弥六へ下された感状がある。中古以後に衰えたのであろうか。中条氏の系図は、島津玄蕃の家中にいた中条六右衛門という者が所持している。この系図は旧記とは符合しないが、あまりに誤っているとも見えない。

論理記事ID
141
物理文書番号
141
史料名
諸家大概(坤)
文書名
中条氏
記事種別
家・氏族由緒・下向伝承・軍役・戦死・感状・系図考証
姓・系統
源姓・源義国流とする
冊子頁
25頁
主要人物
源義国、中条左衛門入道祐心、中条弥六、足利義詮、島津玄蕃、中条六右衛門
関係地
薩摩国、合隈(原字要確認)
キーワード
中条氏、源姓、源義国、建仁、薩摩下向、建武三年、軍奉行、中条祐心、康応二年、合隈合戦、戦死、足利義詮、感状、中条弥六、中条六右衛門、系図考証
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
軍奉行の通称、年号『康応二年』と合戦地『合隈』の原字、足利義詮感状との年代関係、島津玄蕃家中の中条六右衛門所持系図と旧記の不一致を継続確認する。
史料評価
下向・軍役・感状伝承と不一致系図への編者評価を含む
既存整理対応ID
K-127
処理状態
第一次整理済
備考
冊子25頁上段の独立短条。既存K-127と原頁により家名を『中条氏』と確認し、系図不一致を解消せず全文を現代語訳。