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論理記事 135物理文書 135冊子 24頁

諸家大概(坤)

押川氏

押川氏は又為川共書申候姓迄可考候上古不相知候

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判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は押川氏を為川とも書くとし、姓・上古を不詳とする。押川郷兵衛が初め新納武蔵に従って各地を転戦し、敵将を討って鹿児島へ召し出された後、高麗以来とくに惟新へ奉公したと記す。関ヶ原前後の勢州で敵首を取り、石田三成から一番鎗の感状と黄金一枚を得たとし、嫡孫押川六兵衛と、加治木から召し移された押川喜左衛門を挙げる。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

押川氏は為川とも書く。姓は後考に待ち、上古のことは分からない。惟新公に奉公した押川郷兵衛は、初め新納武蔵に従って各地を転戦し、ある敵将を討ち取ったことによって鹿児島へ召し出された。高麗の陣以来、特に奉公を重ねた。関ヶ原の戦いの前であろうか、関東勢が勢州に着陣した際に忍び入り、川中の深みにおいて敵の首を取ったため、石田三成から一番鎗の感状と黄金一枚を与えられた。押川六兵衛はその嫡孫である。押川喜左衛門は加治木から召し移されたという。

論理記事ID
135
物理文書番号
135
史料名
諸家大概(坤)
文書名
押川氏
記事種別
家・氏族由緒・異表記・軍功・感状・後裔
姓・系統
姓不詳
冊子頁
24頁
主要人物
島津惟新、押川郷兵衛、新納武蔵、押川六兵衛、押川喜左衛門、石田三成
関係地
薩摩国、鹿児島、高麗、関ヶ原、勢州、加治木
キーワード
押川氏、為川、姓不詳、島津惟新、押川郷兵衛、新納武蔵、鹿児島、高麗陣、関ヶ原、勢州、一番鎗、石田三成、感状、黄金、押川六兵衛、押川喜左衛門、加治木
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
郷兵衛が討ち取った人物名・出置候の前後、勢州での潜入戦と関ヶ原との年代関係、石田三成感状、六兵衛・喜左衛門の続柄を継続確認する。
史料評価
異表記・軍功感状・後裔記事を含む
既存整理対応ID
K-121
処理状態
第三次精読済(現行維持)
備考
冊子24頁下段の独立短条。『押川/為川』の異表記と新納武蔵付属から惟新奉公への順序を保持し、全文を現代語訳。